↑サッカーの国際試合みたいじゃない?
・・・・・・ジャパンは大雪だそうですね!
それどころか、宮崎にも雪が降っているそうですね!!
それ、明日の宮日新聞に載るな、きっと。
(注:雪が降ったら新聞に載るほど、宮崎には雪が降らないのです)
そんな今日のウィーンの新聞、「ホイテ」(今日=トゥデイという意味)。
「今日なくして、あしたはない」と新聞の名前「Heute」のしたに書いてある。

の、天気欄。

「ますます寒い。
ときどき、太陽が射します。
最低マイナス6度、最高マイナス2度」
まず天気より寒さから描写されてるとこがミソ。愛用はヤマエミソ。
そんな今日の、世界の会議室窓から。

マイナス6度の冬晴れですよ。
春はすぐそこみたいにあったかかったこないだまでのクセで、
ユニクロヒートテックタイツ(いわゆるもじもじ君)を穿くのを忘れて出かけると、
すごく後悔するのである。
ちなみにこれだけ寒いので、冬はウィーンの家窓は冷蔵庫になります。

下手したら冷凍庫になります。
トゥナイトは試験後でぐったりだから、イエスタディに引き続き、「むかしシリーズ」。
2007年5月、ポーランドの首都・ワルシャワの路上から。

歩くビール君!
ボローニャナンバーワン。(ボローニャ親友のグイチャルド談)

ナポリナンバーワン。(いろんなイタリア人談)

イタリーでは、こんなデッカイPizzaを、女の人もひとりで1枚食べ切ります。
ナポリナンバーワンのメニューのした。

「サービス料は無料、チップはよろこんでー」
と、各国語で書いてあるんだけど、みてみてー、日本語んとこ!
「自由のサービス、喜びへの先端」
さては、翻訳ソフトの仕業だな!間違いない!
ウィーンでは文化経営学研究所の大学院生でもある私は、
月曜日に「労働法」「芸術家社会保険」の試験を控え、
土曜日は14時間以上↓の景色を見続けました。

勉強中、気晴らしに見ていたネットニュースで、
桑田投手が「早稲田大大学院スポーツ科学研究科」を、
最優秀の修士論文で修了した記事を読みました。
桑田投手と私ではデカさが100万倍くらい違いますが、
音楽の分野でプロとしての仕事をしつつ、
あと1年以内に100枚のドイツ語での修士論文を仕上げる予定の私は、
幼きころに憧れたベースボールスターに、少しだけ親近感を持ちました。
ちょっと前まで春になりかけていたウィーンは、また冬に戻りました。
↓2月21日の世界の家窓から。

↓3月6日の世界の家窓から。

春は簡単には訪れない。
だから春は愛される。
では、非常に現実的な冒頭の景色に戻ります。
よい週末を!ちゃお。
最近、鉛筆を買いました。
譜面台に立てた楽譜に書きこみをするのに、シャーペンだとどうも具合が悪いのです。
日本ではそんなことはあまり気にならなかったので、
こちらで売っているシャーペンの芯が、日本のより弱いのかもしれません。
いままでそれでも気合いでシャーペンを使っていましたが、
換え芯を使い果たしたときにどうしても鉛筆がほしくなって、
「そうだ鉛筆買おう」な気分になったとき、
はて、どこで売っているのかしら、と思いました。
日本に居れば、近所のコンビニでさくっと買えちゃうわけですが、
そんなコンビニなコンビニなんかないし、
文房具屋的なものはあるけど、そんな文房具屋はどっちかっていうと
「学校通ってるボーヤが学用品買う」ってかんじよりは
「ダンディーなオトナが万年筆買う」雰囲気なわけです。
私は羽ペンや瓶入りインクじゃなくて、フツーの鉛筆がほしいだけなのです。
で、とりあえず行ってみたのが、Libro(本)という名前の本屋。
ありました。

そうして無事に鉛筆と小さい鉛筆削りが買えたあと、
「そういえば鉛筆買ったの、生まれて初めてかも」と思った。
いやね、人生初の筆記用具は(壁に落書きしたクレヨンやマジックを除けば)
おそらく鉛筆だったと思うのだけど、小学校あがるとこあたりで買ってもらうわけじゃない?
で、最初はおっきい鉛筆削りでガリガリ削って5本学校に持っていくわけですよ。
ちゃんと尖った鉛筆持ってないと先生に怒られるわけです。
で、少しするとシャーペンとかあと「ロケット鉛筆」への憧れが強まり、
中学くらいからはシャーペンを使っていた気がする。
鉛筆に戻るのはマークシートのテスト受けるときぐらいだった。
音楽のレッスンを受け始めて、東京の声楽の先生(寛一先生)に
男は4Bを使え!!!
と、ありがたいけど高校生にはよく理解できなかった指導を受けて、
受験のゲン担ぎのためにもしばらく使っていた4Bはどこいったかなぁ。
と、思い出していると、鉛筆を初めて買ったわけじゃないことが判明したけど、
鉛筆一本買うのにいちいちこんなことを考えちゃう私は、
原点回帰を楽しむためにしばらく楽譜書き込みは鉛筆でいきます。
ウィーン楽友協会大ホール、本日の公演。

多分いま世界で一番人気があり、忙しいピアニスト。
1982年、中国出身のラン・ラン。
チケットはとっくのとっくに売り切れだったのだけど、
誰か余ってるひとおるやろ、とりあえずいってみっかー、と、
開演30分前くらいに会場に出かけてチケット売り場をうろうろしていたら、
案の定、「友達が行けなくなったんけど、買わない?」と声をかけられた。
定価6ユーロ(720円)の立ち見券を
「ソールドアウトやで、7ユーロ(840円)でどうやねん?」
ときたが、
なんやねんな、定価やろ、と定価でハンマープライスした。
これは値切ったとはいわないし、彼もダフ屋とは呼ばれない。

で、「こんな立ち見席の状態はじめて見た。」の立ち見席。

ここはディズニーランドですか???
前の人の背中しか見えない立ち見席でぼくの隣に立った、
背のあまり高くないすごくキレイなお姉さんが、
背伸びして、鼻の下をのばして顔をのばして、おもいっきりのばして、
ラン・ランを視界に入れようとしていた。
キレイなお姉さんの鼻の下までのばすラン・ラン、おそるべし。
ちょっと前に、メキシコ人テノール、ディビッドにウィーンで再会した記事を書いた。
そのちょっとあと、バリトンの甲斐栄次郎さんからメールが来た。
「ブログ見てびっくりしました。
ディビッドとは、2000年にイスラエルで一緒にオペラをやりました。
ウィーンに来ていたと知っていたら、会いたかった。残念。」
・・・・・ディビッドはウィーンに住んでいます!!!
と、いうわけで、10年ぶりの男同士の感動感涙抱擁の再会が実現した。


たまには大冒険も役に立つJAN。
世界はせまいゼ。

ウィーンフォルクスオーパー専属歌手の平野和(ひらのやすし)くんと、
ウィーン国立音大でも指導するピアニストの平野(松田)小百合さんが、
「ヴォルフの曲ばっかりコンサート」を開いたので、応援にいった。
仲の良いアーティストが演奏をするのを聴きにいくとき、
「コンサートを聴きに行く」、「オペラを聴きにいく」というより、
「応援にいく」という感覚だなぁ、ぼくは。
友達のコンサートを聴きに出かけるということは、
そのひとのことが好きで、その友達から出る音を浴びにいくわけで、
粗さがしをすることなく、ただ音を楽しみにいくわけです。
「音楽」からは、よくも悪くも「そのひと」がとても素直に出るので、
好きな友達が出した音を嫌いなわけがないのです。

ところでフーゴ・ヴォルフの曲といえば、
実は僕はいままで1曲も歌ったことがないのだけど、
まだ高校生のころ、地元の声楽の先輩がコンクールで歌っていて、
すごく印象に残った曲があるのですが、
平野夫妻選手はその「隠棲」という曲をアンコールの1曲目でやってくれました。
よし、今度歌ってみよう。マツキ君よろしく。

↑終演後、平野夫妻選手、甲斐栄次郎さんと楽屋で。
それにしても外国人として音楽の都に暮らして、
フォルクスオパー、ウィーン国立音楽大学という、
世界有名音楽なんとかから認められ、正式に契約を交わし、
夫婦で立派に音楽活動をされているというのはすげーことですよ。
ということで、今日も勝手に友達のことを騒ぎました。
また勝手に騒ぎます。
ある日、我が家のポストにジャパンからこんなものが届いた。

開封。

昨年末の「藤木大地withフレンズ」コンサートに「学生招待企画」でご招待した、
延岡星雲高校の生徒のみなさんからのぼくたちひとりひとりへの寄せ書き色紙でした。

色紙のウラは、書いてくれた子たちの顔が見えるようになっていました。

こんなメッセージも。

いくいくー。
もう2カ月も前のコンサートですが、
いまだに感想メールをくださったり、
応援のメールをくださったり(全部ありがたく読ませていただいています)、
こうやって主催者あてにいただいたお手紙がウィーンに届いたり、
改めて、音楽の持つ力を実感しています。
延岡星雲高校の、
ひでみさん、あやかさん、えりかさん、はるなさん、みさきさん、はるかさん、
すずこさん、あつこさん、みゆきさん、まいさん、ひちゃこ先生、
ありがとう!
ちゃんとウィーンに気持ちが届きました。

業務連絡: 「フレンズ」のみんな、今度会ったとき渡します。
