2010年3月アーカイブ

けっこうタマゴだらけ。

タマゴ。

 

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卵。

 

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玉子。

 

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コレぜんぶたまご。

 

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うさぎ。

 

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ウサギ。

 

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なんか生き物。

 

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最近、めっきり街中タマゴクラブウサギクラブです。

 

もうすぐイースターだからね。

 

イタリアでも2回ほどイースターを経験したけど、

 

こんなにタマゴクラブじゃなかった気がします。

 

イースター名物のケーキと、タマゴ型のでっかいチョコレートはよくみたけど。

 

むかーし、すっげー小さいころ、

 

白いゆでたまごにサインペンで絵を描いたのを思い出した。

 

描いたあとすぐ食べたんだっけ、あれ。

 

わすれた。

博士のブランチ。

イタリア人親友・ロレンツォ博士が、土曜日に自宅に招待してくれた。

 

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ケンブリッジ育ちのスタイリッシュな彼がオーガナイズしたのは、

 

名付けて「ミュージック・ブランチ」。

 

スタインウェイのある部屋に、音楽家が何人も集まったら起こることは決まっている。

 

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平野和・小百合夫妻選手は「松島音頭」を披露した。

 

そしてロレンツォ博士。↓

 

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デキル男は、なんでもできる。幻想即興曲とか弾いちゃう。

 

イースターの卵がカラフルで、おいしかった。

 

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ぼくは吸えないけど、なんかカッコよかったのでオマケ。

 

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ビューティフル・サタデー。

今日の渋谷で2時が3時。

今日(日曜日)から夏時間であります。

 

カッコよく言ってみると、サマータイムであります。

 

遅刻者続出の恐れであります。

 

だってさー、きのうまで午前10時だった時刻が、突然今日から午前11時なわけ。

 

朝10時集合ね!とかすると、必ず11時に来るヤツがいるわけ。

 

劇場のリハーサルスケジュールの紙も、サマータイム仕様であります。

 

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午前2時を、突然午後3時にワープさせるのがオフィシャルみたい。

 

つまり、今日は午前2時45分とか存在しないのですよ。

 

ぼくは、オフィシャルのちょい前に部屋の時計を1時間進めました。

 

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そういえば、この「睡眠時間を1時間損した気分になる日」に

 

たまたまヨーロッパでヒコーキに乗ったことが2回くらいあります。

 

早朝発の便とかだったらホントに焦るわけ。

 

5時起きで空港に向かうところ、

 

実際きのうまでの4時起きしないといけないし、

 

真っ暗な街中に放り出されてみたところ、街の時計全然合ってないし。

 

時計、ぜんぶ前の日のままの時間とかならまだ割り切りようもあるのだけど、

 

どれかは合っててどれかは合ってない、とかなので、

 

タイムマシン系の映画に出てきそうな、

 

ゆがんだ時計の世界にいる気分になります。

 

ちなみに今日損した1時間は、半年後にの冬時間になる日に

 

「睡眠時間を1時間得した気分」になります。

 

そうまでして1時間時計をずらす理由を詳しく知りたい方は、

 

グーグル先生かウィキペディア先生に訊いてみてくださいね。

 

というわけで、日本との時差は7時間になります。

 

ジャパンのみんなが午前1時半におやすみになるころ、

 

ぼくは午後6時半からのサザエさんをみてるかんじです。

 

サザエさんやってないけどね。そんなかんじです。

 

明日もまたみてくださいね。んがふふ。

世界のジャパンから。

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ウィーンでみつけたコアラのなんとか。

 

その名も「コアラカカオ」。

 

ハコのカタチもジャパンのアレといっしょ。

 

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コアラ。

 

↓中に入ってたオマケ。

 

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コアラ。

 

・・・・・コアラ?????

 

街がコートを脱いだ。

 

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春だ。

世界のジャパンから。

今日は2007年5月、ドイツ・フランクフルトのジャパンから。

 

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さんせいのはんたい。

 

これでいいのだ!

世界のジャパンから。

少しずつ、ジャパン外で見つけたジャパンなものもご紹介していきましょう。

 

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Matcha Latte!!

 

隣に座ったドイツ語をしゃべる、ジャパン人じゃない人が、

 

「マッチャ・ラッテ・ビッテ」(抹茶ラテちょうだい)

 

とか外国語なまりでジャパン語を発音するの聞くと、うれしくなるよ。まじ。

 

ザ・ノスタルジー。

 

外国語なまりといえば小さいころ実家にあった「シャーロック・ホームズの事件簿」が、

 

ぼくの読書ヒストリーの始まりといっても過言ではないのだけど、

 

「イタリア訛りの英語をしゃべる船員風の男」

 

とか登場するんだよね。ホームズに探偵業務を依頼しに。

 

当時はジャパン語しかできないから、なんだそれ、と思っていたのだけど、

 

最近、「英語なまりのイタリア語」とか「イタリアなまりのドイツ語」とか、

 

あー、このひと英語しゃべってるけどラテン圏だな、とか、

 

そういうのがわかるようになりました。

 

欧米の人に、ジャパン、コリア、チャイナの人の顔の見分けがつきにくいように、

 

ぼくたちにも、欧米人の顔から国籍をあてることなんてなかなかできないからね。

 

そんなことを考えた世界のカフェ窓から。

 

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↑サッカーの国際試合みたいじゃない?

 

・・・・・・ジャパンは大雪だそうですね!

 

それどころか、宮崎にも雪が降っているそうですね!!

 

それ、明日の宮日新聞に載るな、きっと。

 

(注:雪が降ったら新聞に載るほど、宮崎には雪が降らないのです)

 

そんな今日のウィーンの新聞、「ホイテ」(今日=トゥデイという意味)。

 

「今日なくして、あしたはない」と新聞の名前「Heute」のしたに書いてある。

 

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の、天気欄。

 

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「ますます寒い。

 

ときどき、太陽が射します。

 

最低マイナス6度、最高マイナス2度」

 

まず天気より寒さから描写されてるとこがミソ。愛用はヤマエミソ。

 

そんな今日の、世界の会議室窓から。

 

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マイナス6度の冬晴れですよ。

 

春はすぐそこみたいにあったかかったこないだまでのクセで、

 

ユニクロヒートテックタイツ(いわゆるもじもじ君)を穿くのを忘れて出かけると、

 

すごく後悔するのである。

 

ちなみにこれだけ寒いので、冬はウィーンの家窓は冷蔵庫になります。

 

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下手したら冷凍庫になります。

世界の路上から。

トゥナイトは試験後でぐったりだから、イエスタディに引き続き、「むかしシリーズ」。

 

2007年5月、ポーランドの首都・ワルシャワの路上から。

 

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歩くビール君!

世界のピッツェリアから。

ボローニャナンバーワン。(ボローニャ親友のグイチャルド談)

 

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ナポリナンバーワン。(いろんなイタリア人談)

 

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イタリーでは、こんなデッカイPizzaを、女の人もひとりで1枚食べ切ります。

 

ナポリナンバーワンのメニューのした。

 

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「サービス料は無料、チップはよろこんでー」

 

と、各国語で書いてあるんだけど、みてみてー、日本語んとこ!

 

「自由のサービス、喜びへの先端」

 

さては、翻訳ソフトの仕業だな!間違いない!

土曜は靴を履いていない。

ウィーンでは文化経営学研究所の大学院生でもある私は、

 

月曜日に「労働法」「芸術家社会保険」の試験を控え、

 

土曜日は14時間以上↓の景色を見続けました。

 

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勉強中、気晴らしに見ていたネットニュースで、

 

桑田投手が「早稲田大大学院スポーツ科学研究科」を、

 

最優秀の修士論文で修了した記事を読みました。

 

桑田投手と私ではデカさが100万倍くらい違いますが、

 

音楽の分野でプロとしての仕事をしつつ、

 

あと1年以内に100枚のドイツ語での修士論文を仕上げる予定の私は、

 

幼きころに憧れたベースボールスターに、少しだけ親近感を持ちました。

 

ちょっと前まで春になりかけていたウィーンは、また冬に戻りました。

 

↓2月21日の世界の家窓から。


 

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↓3月6日の世界の家窓から。


 

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春は簡単には訪れない。

 

だから春は愛される。

 

では、非常に現実的な冒頭の景色に戻ります。

 

よい週末を!ちゃお。

えんぴつ。

最近、鉛筆を買いました。

 

譜面台に立てた楽譜に書きこみをするのに、シャーペンだとどうも具合が悪いのです。

 

日本ではそんなことはあまり気にならなかったので、

 

こちらで売っているシャーペンの芯が、日本のより弱いのかもしれません。

 

いままでそれでも気合いでシャーペンを使っていましたが、

 

換え芯を使い果たしたときにどうしても鉛筆がほしくなって、

 

「そうだ鉛筆買おう」な気分になったとき、

 

はて、どこで売っているのかしら、と思いました。

 

日本に居れば、近所のコンビニでさくっと買えちゃうわけですが、

 

そんなコンビニなコンビニなんかないし、

 

文房具屋的なものはあるけど、そんな文房具屋はどっちかっていうと

 

「学校通ってるボーヤが学用品買う」ってかんじよりは

 

「ダンディーなオトナが万年筆買う」雰囲気なわけです。

 

私は羽ペンや瓶入りインクじゃなくて、フツーの鉛筆がほしいだけなのです。

 

で、とりあえず行ってみたのが、Libro(本)という名前の本屋。

 

ありました。

 

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そうして無事に鉛筆と小さい鉛筆削りが買えたあと、

 

「そういえば鉛筆買ったの、生まれて初めてかも」と思った。

 

いやね、人生初の筆記用具は(壁に落書きしたクレヨンやマジックを除けば)

 

おそらく鉛筆だったと思うのだけど、小学校あがるとこあたりで買ってもらうわけじゃない?

 

で、最初はおっきい鉛筆削りでガリガリ削って5本学校に持っていくわけですよ。

 

ちゃんと尖った鉛筆持ってないと先生に怒られるわけです。

 

で、少しするとシャーペンとかあと「ロケット鉛筆」への憧れが強まり、

 

中学くらいからはシャーペンを使っていた気がする。

 

鉛筆に戻るのはマークシートのテスト受けるときぐらいだった。

 

音楽のレッスンを受け始めて、東京の声楽の先生(寛一先生)に

 

男は4Bを使え!!!

 

と、ありがたいけど高校生にはよく理解できなかった指導を受けて、

 

受験のゲン担ぎのためにもしばらく使っていた4Bはどこいったかなぁ。

 

と、思い出していると、鉛筆を初めて買ったわけじゃないことが判明したけど、

 

鉛筆一本買うのにいちいちこんなことを考えちゃう私は、

 

原点回帰を楽しむためにしばらく楽譜書き込みは鉛筆でいきます。

ラン・ラン。

ウィーン楽友協会大ホール、本日の公演。

 

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多分いま世界で一番人気があり、忙しいピアニスト。

 

1982年、中国出身のラン・ラン。

 

チケットはとっくのとっくに売り切れだったのだけど、

 

誰か余ってるひとおるやろ、とりあえずいってみっかー、と、

 

開演30分前くらいに会場に出かけてチケット売り場をうろうろしていたら、

 

案の定、「友達が行けなくなったんけど、買わない?」と声をかけられた。

 

定価6ユーロ(720円)の立ち見券を

 

「ソールドアウトやで、7ユーロ(840円)でどうやねん?」

 

ときたが、

 

なんやねんな、定価やろ、と定価でハンマープライスした。

 

これは値切ったとはいわないし、彼もダフ屋とは呼ばれない。

 

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で、「こんな立ち見席の状態はじめて見た。」の立ち見席。

 

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ここはディズニーランドですか???

 

前の人の背中しか見えない立ち見席でぼくの隣に立った、

 

背のあまり高くないすごくキレイなお姉さんが、

 

背伸びして、鼻の下をのばして顔をのばして、おもいっきりのばして、

 

ラン・ランを視界に入れようとしていた。

 

キレイなお姉さんの鼻の下までのばすラン・ラン、おそるべし。

ちょっと前に、メキシコ人テノール、ディビッドにウィーンで再会した記事を書いた。

 

そのちょっとあと、バリトンの甲斐栄次郎さんからメールが来た。

 

「ブログ見てびっくりしました。

 

ディビッドとは、2000年にイスラエルで一緒にオペラをやりました。

 

ウィーンに来ていたと知っていたら、会いたかった。残念。」

 

・・・・・ディビッドはウィーンに住んでいます!!!

 

と、いうわけで、10年ぶりの男同士の感動感涙抱擁の再会が実現した。

 

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たまには大冒険も役に立つJAN。

 

世界はせまいゼ。

平野和with平野小百合。


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ウィーンフォルクスオーパー専属歌手の平野和(ひらのやすし)くんと、


ウィーン国立音大でも指導するピアニストの平野(松田)小百合さんが、

 
「ヴォルフの曲ばっかりコンサート」を開いたので、応援にいった。

 

仲の良いアーティストが演奏をするのを聴きにいくとき、

 
「コンサートを聴きに行く」、「オペラを聴きにいく」というより、
 

「応援にいく」という感覚だなぁ、ぼくは。
 

友達のコンサートを聴きに出かけるということは、
 

そのひとのことが好きで、その友達から出る音を浴びにいくわけで、
 

粗さがしをすることなく、ただ音を楽しみにいくわけです。
 

「音楽」からは、よくも悪くも「そのひと」がとても素直に出るので、
 

好きな友達が出した音を嫌いなわけがないのです。

 

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ところでフーゴ・ヴォルフの曲といえば、


実は僕はいままで1曲も歌ったことがないのだけど、


まだ高校生のころ、地元の声楽の先輩がコンクールで歌っていて、


すごく印象に残った曲があるのですが、


平野夫妻選手はその「隠棲」という曲をアンコールの1曲目でやってくれました。


よし、今度歌ってみよう。マツキ君よろしく。

 

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 ↑終演後、平野夫妻選手、甲斐栄次郎さんと楽屋で。

 


それにしても外国人として音楽の都に暮らして、

 
フォルクスオパー、ウィーン国立音楽大学という、


世界有名音楽なんとかから認められ、正式に契約を交わし、


夫婦で立派に音楽活動をされているというのはすげーことですよ。

 
ということで、今日も勝手に友達のことを騒ぎました。


また勝手に騒ぎます。

延岡星雲高校。

ある日、我が家のポストにジャパンからこんなものが届いた。

 

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開封。

 

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昨年末の「藤木大地withフレンズ」コンサートに「学生招待企画」でご招待した、

 

延岡星雲高校の生徒のみなさんからのぼくたちひとりひとりへの寄せ書き色紙でした。

 

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色紙のウラは、書いてくれた子たちの顔が見えるようになっていました。

 

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こんなメッセージも。

 

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いくいくー。

 

もう2カ月も前のコンサートですが、

 

いまだに感想メールをくださったり、

 

応援のメールをくださったり(全部ありがたく読ませていただいています)、

 

こうやって主催者あてにいただいたお手紙がウィーンに届いたり、

 

改めて、音楽の持つ力を実感しています。

 

延岡星雲高校の、

 

ひでみさん、あやかさん、えりかさん、はるなさん、みさきさん、はるかさん、

 

すずこさん、あつこさん、みゆきさん、まいさん、ひちゃこ先生、

 

ありがとう!

 

ちゃんとウィーンに気持ちが届きました。

 

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業務連絡: 「フレンズ」のみんな、今度会ったとき渡します。

10年後の景色だ。

ちょっと前の話になりますが、書きます。

 

ぼくは発声のテクニックのレッスンを受けるため、

 

イタリアの師匠のもとに1か月か2か月に一回、ウィーンから通っている。

 

4年前からぼくの声を知り、

 

本番前の声の調整、技術の発展へのアドヴァイスをしてくださるコーチとのレッスンは、

 

ぼくが舞台で声を出すうえで、基本的に必要なメンテナンスとチューンアップの作業だ。

 

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(ボローニャの親友グイチャルド君のレッスン風景)

 

いつもは大体3泊の予定でイタリアに滞在し、

 

2日間のレッスンを受けて帰ってくるような弾丸日程なのだけど、

 

今回(2月)はいつもより時間があったので、

 

とある自分による自分のためのプロジェクトを実行した。

 

名付けて・・・

 

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

 

・・・・いや、別に名付ける必要はないし今思いついただけなのだけど、

 

10年前の景色を10年後にみてみよう、いってみよう、やってみよう」

 

的な自己満足系企画である。

 

ぼくが初めて海外を訪れたのは20002-3月のイタリア・フィレンツェだった。

 

10年前のハタチのぼくが新鮮な感動とともに時が経つのも忘れて眺めた景色が、

 

ミソジのぼくにどうみえるのか、どうしてもやってみたかった。

 

親の援助で大学に通わせてもらいながら、1年くらいバイト代をためて、

 

初めてパスポートを取り、海外航空券を買いにいき、銀行で円をリラに両替し、

 

語学学校への申込みもイタリアに住む大先輩に手伝ってもらいながら手紙でやり、

 

エアフランス機でパリを経由してようやく渡ったフィレンツェ。

  

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語学学校に斡旋されたイタリア人のおじさん(ロベルト)の家の一部屋を間借りして、

 

毎日語学学校に通って14時間イタリア語のクラスを受けたのだけど、

 

ロベルトに、

 

「シャワーの使い方(お湯の出し方)がわかりません」

 

が言えなくて、2月の極寒を水シャワーで我慢したり、

 

それがつらすぎてシャワーを何日も浴びずに過ごしたりした(笑)。

 

言葉ができないからもあっただろうけど、初めての外国ですっげーシャイだった。

 

生まれて初めて自分が稼いだお金で勉強するから、

 

何がなんでもイタリア語を身につけたくて、

 

夜中の3時まで宿題や復習をやって、午前9時からの授業に出た。

 

おかげでこの1か月でイタリア語が話せるようになった。

 

「話せる」には程度があるけど、

 

その後資格を取って、イタリア語で通訳のできる今から振り返っても、

 

ぼくは10年前のあの1か月で、ある程度話せるようになったと思う。

 

「時間的、体力的にあんな密度でいま勉強できたら、

 

ぼくはスーパーサイヤ人になれるな。」

 

と本気で思えるほど、本当に本当に身になった1か月だった。

 

午後は美術館に通ったり、フィレンツェの歌劇場で歌う先輩の話を聞いたり、

 

あのときのことならいつでも思いだせる。

 

そんな大切な時間を過ごしたフィレンツェには、

 

その後も近くにいく度に寄ることにしている。

 

2年前にフィレンェに寄った時には、シャワーのことも聞けなかったロベルトの家も訪ねた。

  

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アポなしで訪れたのに、快く寝泊まりと宿題をした部屋を見せてくれて、

 

8年後にやっと自分の言葉で会話ができてうれしかった。

 

10年前に話を戻そう。

 

4週間の語学コースに通ったあとは、1週間イタリアを一人で旅した。

 

11000円か1500円くらいのユースホステルに泊りながら、

 

ミラノではスカラ座でムーティ指揮の「トスカ」を観たり、

 

先輩に紹介してもらったイタリア人の先生のレッスンを受けた。

 

暗くなってから到着したヴェネツィアは公共交通が水上バス(船)なのだが、

 

陸ではないので降り間違ったら徒歩でリカバーできない中、

 

泣きそうになりながら最終船(終電)に乗り合わせたイタリア人のおじさんに、

 

「ユースの停留所で教えてくれ、じゃないとぼくは極寒暗闇の中、

 

運河に沈んでしまう!!

 

と訴えて命からがらホステルにたどり着けた。

 

ローマでは、フィレンツェの先輩の友だちが初対面のぼくを泊めてくださり、

 

1日ローマ案内をしてくださったばかりか、レストランでご飯までごちそうしてくださった。

 

「だってきみ、お金なさそうなんだもん」

 

ひとの温かさと、

 

ライトアップされた、トスカが飛び降りたサンタンジェロ城が印象的だった。

 

治安が悪いとあちこちから脅されていた南イタリア・ナポリでは、

 

絶景とトマトのおいしさに魅せられて予定以上に滞在した。

 

ユースホステルで知り合った日本人旅行者の仲間と、

 

わいわいとカプリ島やアマルフィに出向いた。

 

その旅仲間の何人かとはいまでも交流があるので、彼らに写真を送った。

 

今回の、

 

自分・バック・トゥ・ザ・フューチャー・プロジェクト

 

では、レッスンのあと、フィレンツェとローマ、南イタリアを駆け足で再訪してきた。

 

ぼくが10年前に見た景色は、なにも変わらずにぼくを待っていてくれた。

 

ぼくが海外で勉強すること、仕事をすること、暮らすことを夢みた原点の日々に、

 

ぼくは何かあるたびに立ち戻ると思う。

 

以下、かわらない景色と10年後のわたし。

 

フィレンツェ。

 

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アマルフィ。

 

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ナポリ。

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昔話はいつでも長くなりますね。

*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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