2010年6月アーカイブ

宝箱が届いた。

ある日、自宅のポストに郵便局からいわゆる不在通知が入っていた。

 

うちはエレベーターなしの6階なので、

 

郵便屋さんが上まで持ってきてくれずに不在通知だけポストにいれて

 

「郵便局にとりにきてね♪」とやられてしまうことが多い。

 

でも荷物なんか届く予定ないのになー、とか思って不在通知を見ると

 

10号室のひとに預けたから受け取ってね♪」

 

と書いてある。

 

おい、いいのか。10号室知り合いじゃないのに。

 

などと思いながら10号室をおそるおそるノックすると、

 

パンツ一丁の金髪ナイスガイがさわやかに小包を渡してくれた。

 

24.06.10.pack.jpg 

日本からだ。というか、見覚えのある文字と見覚えのあるロゴ。

 

24.06.10.pack0.jpg 

新宿の宮崎料理「みやこんじょ」のオーナー、ヒロソコさんからだった。

 

そりゃー何か「とてつもない」ものが入っているに決まっている。

 

開封する。

 

24.06.10.nakami1.jpg 

まず頂上に君臨していたのは布製品だ。

 

24.06.10.kurokiri.jpg 

その山を少しずつ攻めてゆく。

 

24.06.10.nakami2.jpg 

紛れもなく宝の山だ。その山をオレは山頂から下山しているのだ。

 

24.06.10.nakami3.jpg 

!!!!、この山の中腹に座す「ごはんですよ」みたいなフタに、血が騒いだ。

 

もしや、もしやこれは・・・

 

24.06.10.rayusama.jpg 

食べるラー油さまだ!!!

 

ジャパンで流行していると聞いてどうしても食べてみたくて、

 

ジャパンからこっちに来る人に「お土産何がほしい?」と聞かれるたびに

 

「食べるラー油!」と答えていたのに、品切れで誰も持ってこられなかった

 

あのラー油さまだ!!

 

鼻血出た。

 

24.06.10.everyone.jpg 

その山を下山したあと、1枚のDVDが入っていた。

 

24.06.10.herodvd.jpg 

↑ヒロソコさん・オン・ウィーンのブラウン管。懐かしかった。

 

日本の味が恋しくなる海外に送っていただいたこの宝の山には、

 

同じ思いでこの地の暮らす仲間と一緒にあした登ります。

 

ブラウン管のサムライブルーを応援しながら。

 

新宿から届いた宮崎のハートに感謝。

 

ありがとうございました。

 

24.06.10.akakiri.jpg

これが文化だ。

26.06.10.gala.jpg 

2010626日のウィーン国立歌劇場はいつもと違った。

 

1991年から2010年まで18シーズン、

 

この世界のオペラの殿堂に芸術監督として君臨したホレンダー監督の

 

いわゆる「フェアウェル・コンサート」だったのだ。

 

出演者もプログラムも当日まで発表されず、それでもチケットは即日完売した。

 

収益はモルドバの孤児のために使われる。

 

国営放送が生中継するほどの大イヴェントに、ぼくはどうしても居合わせたかった。

 

でも、チケットはこの日ばかりはどうにも手に入らなかった。

 

そんなとき、ウィーンのオペラ座では当日に時間と気合いがあればどうにかなる。

 

ぼくは行列に5時間ならび、劇場の天井の裏の立ち見席を確保した。

 

26.06.10.tachimi.jpg 

当日公式に発表された出演者は、指揮者12人、トップスター歌手52人。

 

これだけの世界的スターたちが、監督の花道のためにウィーンに集合した。

 

ざっと名前を挙げると、

 

ドミンゴ、メータ、ネトレプコ、ヌッチ、ハンプソン、パッパーノ、シャーデ、フリットリ、

キルヒシュラーガー、ルイージ、ヴァルガス、シュナイダー、クアストフ、ボンファデッリ、

デセイ、ヤング、ダムラウ、ボータ、フルラネット、グールド、ウルマーナ、ベチャラ、

キーンリーサイド・・・

 

コンサートの主役でナヴィゲーターでもある監督の舞台上のアナウンスで、

 

「ドミンゴとネトレプコとパッパーノとフルラネットは夕方までロンドンでリハをしていて、

 

同じ飛行機でウィーンに向かってますが遅れていて、第2部には間に合います。」

 

「さきほど着陸したと連絡がありました。」

 

「空港から劇場まで彼らを安全に連れてきてくれた警察に感謝します。」

 

という経緯が説明されて満を持して登場したドミンゴの歌の素晴らしかったこと。

 

また生でドミンゴが聴けるとは思っていなかった。

 

10年前に東京で聴いて感激した歌から、少しも衰えていなかった。

 

彼は19411月生まれだ。来年には70歳だ。

 

これだけの世界のスターが集まった中で、それでもドミンゴは別格だった。

 

3大テノール」と呼ばれた世界中を熱狂させたテノールたちの中で、

 

ぼくが最初にハマったのはパヴァロッティの太陽のような声だった。

 

そのあとにカレーラスの、自分の魂を削って表現するような歌に惹かれた。

 

幸い、彼ら3人の歌はこれまで生で何回か聴くことができた。

 

ドミンゴは3人の中では最後だった。

 

でもいまでも完璧に輝いているのはドミンゴだった。

 

また彼のうたを生で聴けて幸せだった、としか感激の表現のしようがない。

 

コンサートはなんと6時間に及んだ。終演は2430だ。でもほとんど誰も帰らなかった。

 

ぼくがこの歴史的コンサートに払ったお金は3ユーロだ。330円だ。

 

休憩中にはロビーでサンドイッチとワインがふるまわれた。無料で。

 

コンサートの終盤、立ち見席で隣になった紳士と会話をした。

 

「どうだい?コンサートは気にいったかい?」

 

~すばらしいですよね。でもぼくたち1時間あたり1ユーロも払ってませんね。~

 

「あはは、そうだね、むしろ飲食がタダだったから儲かってるかもね。」

 

~それにしてもウィーンに今夜これだけ指揮者とスター歌手が集まっていたら、

 

世界の他の劇場ではオペラの公演できないですよね。出演者が足りなくて。~

 

「あはは、そのとおりだね!

 

でもこれはウィーンだけなんだよ。私はパリやロンドンもよく知っているけれど、

 

オペラ劇場の監督が引退するからといって、新聞の1面にその記事が載るのは。

 

政治なんかはずっとうしろのほうに追いやられるんだ。

 

これがウィーンの文化なんだよ。」

1ユーロショップ。

24.06.10.1eur.jpg 

1ユーロ=170円前後までいった時期もあったので、

 

日本の100円ショップよりは割高にして品物は薄いイメージだったけど、

 

いまのレートでは「110円ショップ」くらいの感覚です。

 

みんなの味方、1ユーロショップ!

詩人との再会。

イタリアからサウルが来た。サウルの職業は詩人だ。

 

12.06.10.loresaul.jpg 

↑左はロレンツォ博士、右が詩人サウル。

 

ボローニャ留学時代に知り合ったその詩人に、ぼくは日本語を教えていた。

 

詩人はその後詩集を出版し、ぼくは日本にそれを持って帰って読んだ。

 

大親友・グイチャルド君のボローニャの家にある高い塔のてっぺんで、

 

詩人は、星空とろうそくのあかりの中で自作の詩を吟じてくれた。

 

ぼくとグイチャルドはおかえしにアカペラで歌をうたって、

 

ぼくたちだけの芸術の夜を楽しんだ。

 

リアル「ラ・ボエーム」の世界だ。

 

05.2007.torre.jpg 

05.2007.torre2.jpg 

↑昼間のその塔からの景色。

 

サウルが詩人だとか、グイチャルドの家に塔があるとか、おじいさんが伯爵だとか、

 

なかなか想像がつかないし、うまく説明もできないけれど、

 

特にボローニャ時代にはそういうことが結構当たり前に、ぼくの周辺で起こった。

 

偶然や運命が与えてくれた出来事のひとつひとつ、友だちのひとりひとりから、

 

ぼくは日本人としての自分の常識や価値観と異なる世界を知り、感じ、学んだのだ。

 

そしていまも、すばらしい環境とすばらしい人々から毎日何かを学んでいるのだ。

 

そんなぼくにできることは、感謝と努力と還元だと思う。

 

↓おまけ。大親友グイチャルド。クルマの中はふたりオペラハウス。

 

04.2009.gui.jpg

地球めっちゃ変。

21.06.10.12do.jpg 

世界のトラム窓から。

 

ついに白状しますが、10日ほど風邪をひいています。

 

ここ1週間から10日で気温差が24度もあるのですよ。

 

一時半そでとかタントップだった世の中が、またジャンパーを着ています。

 

まわりのみんなも似たような風邪をひいています。

 

症状は・・・・、体そのものは元気。頭痛も腹痛もないし熱も出ない。

 

でものどが痛み、声がかすれ、タンがからみ、せきが出る。

 

結果=まともに歌えない。

 

むかし高校のころ、同級生に水泳の得意な内田くんという子がいまして、

 

やはりぼくが風邪をひいてマスクして口もきかずにしょんぼりしていると、

 

「うたえないふじきはただのふじきやな」

 

と、ぼそっとその内田くんにクリティカルヒットを頂戴したことを思い出します。

 

「とべないブタはただのブタ」みたいな。

 

きのうオペラ座にワーグナーの「タンホイザー」を観にいって、

 

この主役テノールの役は健康であってもとっても大変な役なのですが、

 

すばらしい名唱のなかにときどき垣間見える声の状況から推測するに、

 

主役テノールの彼も同じ風邪をひいていたのかもしれないと思ったのですね。

 

でも、ちゃんと巧みに声をコントロールしながら最後まで大事故なく歌いきった。

 

満場のお客さんを喜ばせた、「オーストリア宮廷歌手」の称号を持つその歌手の

 

プロ魂をものすごく近くで間の当たりにして、なんの称号も持たないぼくは

 

「15年前のただのふじき」のままだと、いつまでたっても「ただのふじき」だなぁ、

 

と、思ったわけです。

 

だから風邪ごときにしょんぼりしてないで、

 

いまの状態でのベストを尽くすしかないんだなぁ。

 

そのときのベストを尽くして出てきた声や音楽は、

 

それを自分から出たものとして受け入れるしかないし、

 

その中から何か反省が生まれるのなら、あとで十分に反省すればいい。

 

「反省しても後悔するな」と中学のときに歌った合唱曲の歌詞にありました。

 

何も考えずにずいぶん気楽に歌っていたものですが、多分それが正解。

 

あ、書いてみたら考えがまとまったから寝よう。

 

おまけ。スミスさんちの柄みたいなパリの地下鉄のイス。

 

16.06.10.smith.jpg 

世界のメトロから。

こんにちはスシ。

15.06.10.hellosushi.jpg 

世界のジャパンから。パリ編。

 

↓おまけ。

 

17.06.10.kyoto.jpg 

キョウトヒロバ。

セピア色が似合う街。

一瞬だけ、パリに行っていました。

 

17.06.10.paris.jpg 

自分で書いてみてアレですが、響きがカッコイイよねー、「パリ行ってきた」って。

 

他の都市、たとえば住んだことのあるボローニャとかウィーンとかトーキョーとか、

 

どこもいい街だけど、「パリ」の「響き」のカッコヨサは一枚上手な気がする。

 

あぁ、芸術の都。岬くんが転校した街。

 

15.06.10.kawa.jpg 

↑セーヌ川とわたし。

 

7年前にミラノからの夜行列車で初めてパリの地を踏んだときは、

 

当時パリ留学中でいまはフィンランドのオペラハウスで演奏している、

 

フルートを吹く旧い友達が街中をつきっきりで案内してくれて、

 

「あ、ここ、オーハギくんが前住んでた家。」

 

とか教えてくれて、「へー」とか思ったっけ。あぁ、懐かしい。

 

それからオーディションで歌うためや、

 

フランス語とフランスもの(歌)を勉強したくなって、

 

何度かパリには登場しているのだけど、

 

いつも変わらない、やっぱりセピアな街だと思った。

 

青空より、曇り空が似合うというか。イメージだけどね。

 

ちなみに「セッピア」ってイタリア語でイカのことです。スミ吹くイカね。

 

15.06.10.opera.jpg 

15.06.10.gaisenmon.jpg 

よいと思えるところがずっと変わらないのは、本当にいいことだと思う。

 

15.06.10.gaisen.jpg 

最後に訪れたのは4年前で、そのときも凱旋門に寄って、

 

「よし、ぼくも次はきっと勝ってこの門をくぐろう!」

 

となにやら息巻いていた覚えがあるのだけど、

 

その後、特に何にも派手に勝ってないけどパリに戻ってこられました。

 

というか、なんか別に、勝った負けたばかりじゃないよね、

 

とこの4年間で思えるようになったのは、悪くなかったと思う。

 

もちろん自分に克つことはずっと大事だと思うし、

 

サムライブルーがカメルーンに勝ったのはうれしかったけどね。

 

おまけ。

 

17.06.10.lion.jpg

ウワサじゃなかった。

11.06.10.36do.jpg 

話題に入らずに閑話休題。

 

6月11日はぼくのサイトとブログの管理人をしてくれている、

 

中学時代からの親友夫妻のサイのほう、ミキさんの誕生日でした。

 

実はぼくのブログ記事は、なぜかヨーロッパからアップロードできなくて、

 

日本にいないときはいつも、

 

メールで文章と写真をミキさんに送って載せてもらっているのです。

 

いつもありがとうございます。

 

おめでとうございます。

 

06.saul.jpg 

↑ケーキ。

冷水から銭湯まで。

あまかった。

 

10.06.10.33do.jpg 

世の中には、話題に困ったときにはとりあえず天気のハナシをするべし、

 

という術もあると聞いたことがありますが、いや、立派な話題だろうと。

 

街の中では一瞬、36度まで上がったというウワサもあります。

 

ウワサだよね、きっと。

 

冬はマイナス10度以下まで下がっていたわけだから、

 

ぼくはこの半年で40度以上の気温の幅を経験したことになる。

 

凍る手前の水から熱めのお風呂くらいか。

 

あぁ、お風呂はいりたい。

てげあちい。

世界の家窓から。

 

08.06.10.28do.jpg 

シューマンのすばらしく美しい「詩人の恋」という歌曲集のなかに、

 

「美しい5月に」というすばらしく美しい歌があるのだけれど、

 

全然5月美しくなかったJAN、と思ったくらい寒くてひどい天気だったのだが、

 

6月に入った途端、美しい5月がスキップされていきなり夏になりました。

 

10日くらい前と気温が20度弱違って、みんな体調崩してます。

 

6月8日の同僚たち。

 

08.06.10.sommer.jpg 

「美しい5月30日」の全体的に青めなオトコたち。

 

30.05.10.graz.jpg 

青い服持ってなくて実際困った、

 

日本代表対イングランド代表のオーストリア・グラーツでの試合。

 

30.05.10.blue.jpg 

本番ガンバレ、サムライブルー。

 

おまけ。

 

30.05.10.hinomaru.jpg

このあかるさ。

 

06.06.10.kuji.jpg

 

時計見えますか??朝じゃないですよ。

 

夏がくるなぁ。いよいよ。

*『藤木大地』オフィシャルHP

*トップページ

profilephoto


カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
所属事務所による公式プロフィールはコチラ


ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261

このアーカイブについて

このページには、2010年6月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年5月です。

次のアーカイブは2010年7月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。