2010年7月アーカイブ

ミヤザキの車窓から。

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絶対トトロが住んでるね。ネコバス走ってるね、な宮崎県三股(みまた)町長田峡。

 

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美しすぎてトトロ以外のひとたちも飛び込んじまいそうです。

 

そして都城市高城町の古民家。築110年のおうち。

 

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ちょうどこのあいだ、ぼくのウィーンの家が築110年なことを知ったばかりだったので、

 

ものすごくいろんなイメージができた。西暦1900年に思いを馳せた。

 

この日本の古きよきお宅の持つ空気には、溶けそうなほど感激したのだけれど、

 

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なんとピアノもあるんだよね。明治40年ごろの。

 

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感激の空間で、心のこもったおもてなしをいただきました。

 

そして、都城市が誇るすばらしい都城総合文化ホールMJ。

 

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まだ全部は発表できないのだけど、

 

今年の秋から冬にかけて、

 

これらのすばらしい場所にぼくたちは音楽を届けにいきます。

 

世界のみんなに自慢したい宮崎の風景だ。

 

自慢したいんだから自慢してしまおう。ワールドワイドウェブで。

 

8か月の構想を経て、大作戦ははじまりました。

 

みんなの宮崎への想いを乗せて。

 

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マイ・ホーム・タウン。

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空のなんと高きことよ。

 

帰宮して早速、徒歩で街に出向き、近将来のプロジェクトのざっくばらんな打ち合わせ。

 

熱い想いが重なると、時間を忘れます。

 

今日再会し、膝を突き合わせたおふたりのお名前は、

 

どちらも世界に誇るモーターブランドでした。

 

つまり外国人もみんな正確に発音できちゃう。これだいじ。

 

いまはやりの「ホンーダー」じゃないけどね。

オナカマとの時間。

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新国立劇場のオペラ研修所でオナじカマの飯を食ってオペラを学んだナカマ。

 

バリトンの騎士・与那城敬くんと、与論島人の町英和くん。

 

研修時代の3年間は、毎日朝から晩まで顔を合わせて飽きるほどだったのに、

 

いまや住んでいる国がばらばらで、 たまに日本にいても

 

別の場所で仕事をしているとなかなかゆっくり話す機会もないけれど、

 

なんとか都合をつけて集まっちまえば、もう今夜は帰りたくなくなるわけです。

 

「あのころわからなかったこと」とか「きづかなかったこと」に、

 

歳月を経てちょっとずつ近づけたなぁ、と確認し合えたのが大きな収穫でした。

 

またこれからもみんなでちょっとずつ前に進もう。オナカマは一生だからな。

 

オマケ↓ タイトル「三時の三杯」

 

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がんばろう宮崎。

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宮崎の非常事態宣言が解除された。

 

その間ぼくは宮崎にいなかったけれど、できるかぎりの情報を集めて

 

状況の把握をしようとすればするほど、ずっと心が痛かった。

 

今日で終わりではもちろんなくて、今日からはじまるのだと思う。

 

「がんばれ」という言葉は、もうがんばっているひとに使われることも多いような気がして、

 

いつもはあまり好きじゃないのだけど、今日は力強い言葉に思える。

 

がんばろう宮崎。ぼくもがんばる。

おみやげの条件。

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軽くてうまい、ウィーンのヘーゼツナッツ・ウエハース。条件完全にクリア。

 

もう貰いなれていて、「あ、これうまいよね」と喜ぶ、竹馬の友・占部くん。

 

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筑波で少年のころからの夢だった宇宙開発に携わっている彼が、

 

たまたま日帰り東京出張に来たところに、ぼくがたまたまメールして数時間会えた。

 

同級生で集まっての食事も楽しいけど、たまにはふたりでゆっくり語るのも大事だ。

 

またあっちで会おう、宮崎で。竹馬はできないけどね。

若き日のガクフ。

今日、久々に開いて練習した曲。

 

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平成9年2月7日にレッスンに持っていったようだ。

 

おととい歯医者に行って、「平成18年からいらしてませんね」といわれたので、

 

「いま平成何年なんですか?」と尋ねたら22年なんだそうですね。

 

じゃ、13年半前ですか。

 

「リズムどおり」「ひびき」「積極的に」・・・

 

13年半前、先生は的確に指導してくださったようだ。

 

その指導の跡に添ってうたい、次の小節に目をうつしてみた。

 

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暴君。

 

そっか。

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当社調べによると、5か月分だったようです。

 

それにしても最近よく言われるフレーズナンバーワンは、

 

「焼けてますね。どこか行かれたんですか」だ。

 

海行ってませんから。

 

オーストリア、海ないですから。

スカイなんとかと欧米か。

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半年も離れていると、新しいものがいっぱいできていて戸惑います。

 

成田からの新しい足、成田スカイアクセスとか、作ってる途中の東京スカイツリーとか。

 

エスカレーターでどっちにたっていいかわからなくなったり、

 

480円の会計にチップこみで500円払いそうになったり、

 

歯医者の予約をとるときに日本語がたどたどしくて怪しまれたり、

 

コンビニに入る時に「こんにちはー」と言ってみたり、

 

コンビニから出る時に「ありがとうございました、さようならー」と言ってみたり、

 

さぁ、もうおわかりですね。みんなでいってみよう。

 

欧米か!

 

欧米です。まぁそのうち慣れるでしょう。

 

100円ショップは日本が世界に誇るべきなんとかナンバーワンだと思った猛暑日。

 

ただいまジャパン。

世界のエアポートから。

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ウィーンよ、よい夏を。また会おう。

 

1895。

ちょっとした理由で自分の住所をググってみたら、

 

なんと建物の建築者の名前と履歴書が出てきた。

 

学歴から家族構成、仕事歴まで、かなりのことを知ることになった。

 

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我が家はヘルマンさんによって1895年に建てられた。築115年。

 

日本は明治28年。

 

物思いにふけるには十分な情報だった。

美しき青き。

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ドナウ川とわたし。バックはウィーン国連都市。

 

気温は17度。地球変。

真実の口。

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いつも真剣勝負の発声テクニックのレッスンだが、

 

この日はミュンヘンからウィーンに引っ越してきたこの人に同席してもらって、

 

レッスンの一部始終を聴いてもらった。

 

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バリトン歌手・町英和。鹿児島県与論島出身。

 

英和(えいわじゃないよ)とは、なんと16歳のころに知り合った。

 

ぼくが宮崎県代表で出た声楽の全国大会に、鹿児島県代表で出ていたのだ。

 

別の大学に進んで一時音信が途絶えたけど、

 

新国立劇場のオペラ研修所に1期あとに入ってきた。

 

14年の付き合いには、建前も御世辞も遠慮もなく、

 

14年間のぼくの声のプログレスをずっとみてきた彼が言うことは真実だ。

 

こういう親愛なる仲間のおかげでぼくは前に進める。

 

だんけ。

世界の家窓から。

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シソ、春菊、三つ葉がウィーンの家窓から。

 

簡単に手に入らないものは自分で作る!

 

な人生の大先輩のお宅に、もう何回もご招待いただき、

 

自家栽培シソ入り手巻きずしや、自家栽培春菊入りスキヤキや、

 

自家製シメサバや自家製カステラをおなかいっぱいいただいたあと、

 

どの図書館より充実したオーディオルームで音楽談義をするのです。

 

うーん、まんだむ。

エス・パ・ニョール。

ワールドカップ決勝戦。

 

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イタリア人バリトン歌手、ダヴィデの家の屋上で、みんなでこんなかんじで観ました。

 

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おめでとうスペイン。

 

↓おまけ。

 

ドイツに勝ったあと、街中のゲーテ像で記念写真をとったあとすぐ退散するスペインっ子。

 

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世界の家窓から。

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オーベーか!砂漠か!

 

たぶんこわれてるんだろうね。

 

ヨーロッパの住居にはクーラーなんかないのが一般的なので、

 

センプーキサイコー、の日々です。

 

そんな割と過酷な環境で練習しているとご褒美もあるもので、

 

最近自分の声のことでちょっとした発見をしました。

 

ご披露できる日がきっと来ると思います。

 

おかげで決まりかけたコンサート・プログラムは組み直し。

 

いわゆるうれしい悲鳴。

 

こういうことやってるときが一番楽しい。

日本の味をそのまま。

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ウィーンで売られているおなじみラーメンには、10種類くらい味があります。

 

ドイツで作られているようです。

 

一袋70-100円くらい。

 

他の日本食に比べたらかなり安いので、みんなの味方だ。

 

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作り方は、欧州7ヶ国語+ジャパン語。

 

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調理例は、パスタ皿でちょっとニューアイディアだけどね。

 

世界のジャパンから。


ご多忙中恐縮です。

日本と仕事のメールのやりとりをしていると、

 

「お忙しいところ大変恐縮ですが・・・」とか毎回言われちゃうけど、

 

研修先のオペラ座も7-8月はオフィスすら完全クローズだし、実は結構時間がある。

 

どのくらいあるかというと、いつもの5倍くらい自分のために使える時間があるので

 

外が暑い日中はずっと家の中にこもって、ずっと勉強している。

 

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パートナーは、ピアノと、楽譜と、CDと、アイポッドと、本と、インターネット。

 

楽譜を引っ張り出してきて、歌ってみて、作曲家の人生を調べて、

 

曲をどうつなげるかを考える。演出や脚本をどう書くかを考える。

 

こんどのコンサートのプログラムももうすぐできます。

同級生との再会。

ところで6月のハナシになるけれど、

 

そのヤスシくんと東京で共演したソプラノの大隅智佳子さんがウィーンにきた。

 

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↑オースミ、平野和さん、平野小百合さん夫妻と。

 

オースミとは大学の同級生で、つまり18歳のころから知っているわけだけど、

 

ぼくがオペラに全然興味がなかったその頃からオースミはオペラのことに詳しくて、

 

ぼくらはひそかに「ペラマニ」と呼んでいた。オペラマニアの略ね。

 

今では日本のソプラノ界アラサー世代期待のドラフト1位のような存在になったけど、

 

お互いとんがってた大学時代とはちょっと違って、なんかオトナな会話ができたので

 

「オースミ、丸くなったなぁ」と密かに思ってヤスシ君にこっそり言ってみたら、

 

「オースミさんもおんなじこと言ってたよ。」と言われた。

 

ところで、前に会ったのいつだっけ?とふたりで考えてみて、

 

どうも決定的な場面が思い浮かばなかったので、

 

多分5年前じゃね?ということにしておいた。

 

オースミよ、また会おう。5年以内に。

 

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世界のエアポートから。

 

「日本に一時帰国するけど、日本からのお土産なにがいい?」

 

と、こちら在住の友だちが聞いてくれることがある。

 

そりゃ日本食とか、話題の本とか、日本製の電化製品とか、

 

しばらく自分が帰ってなければほしいものはいくらでもあるけど、

 

ヒコーキに載せるトランクの重要制限が厳しくて、

 

本人用のお土産(「ほんだし」とか)だけでもかなりの量になるのもよく知っているので、

 

それでも何かをお願いするのはよほど親しい間柄か、緊急を要することが多い。

 

オペラ界欧州組の平野和くんが5月に東京の新国立劇場で仕事をしたとき、

 

「何か欲しいものは?」と聞いてくれた。

 

正直ウィーンではたいがいの日本のものが手に入るし(ただし値段は3倍する)、

 

急を要するものもなかったので遠慮をしていたのだけど、

 

「荷物どうせ別送するから遠慮しないでいいよ」と言われ、お願いをすることにした。

 

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新宿の宮崎アンテナショップ「KONNE」で、ぼくがいつも買って

 

ウィーンに持って帰る宮崎産のものを、買ってきてくれるようお願いした。

 

口蹄疫が宮崎県を襲って以来、「宮崎のモノが売れなくなっている」と聞く。

 

いわゆる風評被害だが、モノが売れない以外にも、

 

「宮崎」と名のついた物事を拒むとか、そういった報道を目にすると、

 

これは一種の「大人のイジメ」ではないのか、と思ったこともある。

 

ほかにも宮崎出身者としてこの2カ月で考えたことは本当にいろいろとあるけれど、

 

とにかく埼玉出身の和(ヤスシ)くんに、宮崎のモノを買ってもらって、

 

ウィーンに持って帰ってきてもらった。そしてサイコーにおいしくいただいた。

 

ありがとう、ヤスシくん。

 

いま宮崎のモノを買うのはとても大事なことなんです。

博士と歩くウィーン。

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イタリア人親友・ロレンツォ博士と昼ごはんをたべたあと、

 

「イタリアそのままのエスプレッソを出すカフェを見つけたんだ!

 

という声に逆らえるわけもなく、そのカフェを目指して散歩する。

 

「この建物は昔オーストリア・ハンガリー帝国銀行だったんだ。」

 

「この城はいまでもプライベートに所有されていて、奥さんはボローニャ出身なんだ。」

 

「ぼくが今度、本の出版記念講演をするオークションハウスのオーナーの奥さんも、

 

ボローニャ出身なんだ。だからそこでの講演が実現したんだ。」

 

「この広場の面白いのは、16、17世紀の特徴ある窓が

 

建物にまだ残っていることなんだ。」

 

ドイツ、ウィーン近代史でケンブリッジのドクターを修了した

 

ロレンツォとウィーンを歩くと、当時にタイムスリップできるようで楽しい。

 

「夏はカプリ島に安くアパートが借りられたので、そこにこもって執筆するんだ。

 

朝、暑くなる前に仕事して、暑くなったら海で泳いで、そのあと昼寝して、

 

夜になったら海辺に出てのんびり酒を飲むんだ。人生ってすばらしいだろ?」

 

ヒズ・ライフ・イズ・ビューティフル。

 

エスプレッソを飲んだあと、博士、また9月にウィーンでね、と抱き合って、

 

お互いよい夏を過ごせることを祈りあって別れた。

良薬、口に鉛筆の味。

7月に入って、ようやくノドセキ風邪が治りました。

 

「やばいかも」と思ったのが忘れもしない6月8日だったので、

 

ちゃんとした声が出せるようになるまで3週間以上かかりました。

 

欧州は6月が年度末で、やらなければならぬことが特盛りつゆだくだったのですが、

 

どれもこれもが不完全燃焼で、反省を次へのエンジンにするしかありません。

 

耳鼻科にも3回通いました。

 

のどが痛いとき、ぼくは日本ではかならず耳鼻科にいきます。

 

ウィーンでも、まず診察してもらいそのあと吸入をしました。これは日本と同じでした。

 

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のどを診てもらっているときに声帯の動きもチェックしてもらうのですが、

 

ちょっと今までと違ったのは、そのようすをビデオに撮って見せてもらったことでした。

 

自分の声帯写真はもらったことがあったけど、

 

動いている自分の声帯を見たのは初めてでした。初めてはおもしろい。

 

で、完治まで飲み続けた恐怖の薬たち。

 

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この真ん中のやつはせきどめなんですが、しょっぱくてまずかった。

 

苦い薬ならイメージ通りなので多分なんとでもなるんだけど、

 

しょっぱい薬は想定外できつい。3週間飲んでも慣れなかった。

 

あといくつか、タブレット状の水に溶かして飲む薬が出たのだけど、

 

説明を読まずに口に入れて水も使わずにそのままのみこんだら、

 

胃の中でしゅわしゅわと暴れ始めたのでたまげました。

 

あわてて水を飲んだら胃の中でさらに発泡したのでまいった。まじで。

 

しかも飲んだ水が炭酸水だったので、ちょっとした噴火でした。胃の中が。

 

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↑最後に、お医者さんに「お茶だけど苦いよ」と言われだされたのがコレ。

 

↓「ハイビスカスの根っこのお茶」だそうです。

 

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「お湯で煮たらいけません。冷水に入れてで2時間以上放置してください。」

 

という注意書きのあるお茶でした。言われた通りやってみた。

 

なんというか、鉛筆の味がした。

 

学校のころ、なんとなく鉛筆のうしろかじっちゃったときのあの味。

 

反省はいろいろあるけれど、経験もできたということでポジティブにいきます。

 

でも、風邪はひくなということです。

 

しょっぱい薬と鉛筆と思うように声が出せない悔しさは、もういいや。

ありがとうジャパン。

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ウィーンフォルクスオーパーで活躍する「オペラ界欧州組」の平野和君、

 

元サムライブルーの戸田選手と中学時代の友だちだそうです。

 

世界中の日本人の気持ちがひとつになったワールドカップでしたね。

 

ありがとうジャパン。

*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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