2010年10月アーカイブ

25年後をみにいくんだ。

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10月アタマのロンドンで、レッスンが終わってへとへとで街を歩いていたら、

 

映画館にこのでっかい看板。

 

「公開25周年記念」で「25年ぶりに映画館にかえってきた!」


というキャッチのこの映画は

 

ぼくが子どものころ繰り返し観た大好きだった映画で、時間もあったし迷わず入った。

 

そしたら1985年にいるドクが言うわけですよ、

 

「マーティン、おれは25年後の未来をみにいくんだ!」と。

 

そうか、25周年記念って、ただの公開25周年記念じゃなかったんだよ。

 

そのみようとした未来がなんと今年なんだよね。2010年。

 

しかも彼が行こうとしていたのは10月26日。ぼくが帰国した日だな。

 

いやー、感動した。興奮した。ほんと。

 

だからというわけじゃないけど、ずっと前に決めてたけど、今年のテーマはコレです。

 

オマケ↓

 

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ロンドンの映画館から。↓外観。

 

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夏がナツかしい。

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なつかしのナツの世界の海辺から。

 

花の都大東京で、髪切りに行った以外、地下鉄にも乗らずに

 

家にひきこもって練習とか仕事してます。

 

来週からまた移動なので、この週末勝負。

 

台風来てるし、おとなしく集中してがんばろう。

 

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ノボルナキケン!  

 

世界の注意書きから。

だいちのこ。

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はい!

 

帰国直後恒例・髪切りに行った、その向かいに新しくできていた


ジャパンのレストランから。

 

いつかこういう話題になったときのために、ととっておいたトッテオキのもう1枚。

 

ついに日の目をみるときがきたのだ。

 

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ほんとは、もう何年もまえに街角で激写した


「まつき」というラーメン屋さんの提灯があって、

 

うれしそうにまつきという友だちに送ったら、

 

彼もうれしそうにケータイの待ちうけ画面にしてくれたのだけど、

 

その写真もうどっかいっちゃったので、まだ持ってたら送ってください。

 

さぁ、相変わらず時差ぼけ5時起きだから、眠くなる前に仕事しよう。

 

ぼくは「だいちのこ」じゃないんだけどね。厳密にいうと。

マネージャー来訪。

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ツアーの打ち合わせ。

 

日本語で1時間、仕事の話したら、すごくアタマがいたくなった。欧米か。

 

アタマが痛くなったので、往復1時間半くらい花の都大東京を散歩した。

 

道すがら、あらゆるコンビニが「おでん70円セール」を競うようにやっていた。

 

冬がはじまるよ。

 

ウィーンは気温マイナスに突入したらしい。ぎりぎりセーフだった。

 

花の都大東京もずいぶん寒くなったらしいけど。

 

で、なんで半袖?

 

一緒に歩いていると、道行く多くのひとに見られました。

 

個性ってだいじよ。

きおわない。

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世界の空窓の夜明けから。

 

日本⇔ヨーロッパの移動は10時間半のフライトで、7時間の時差があって、

 

到着してみたら全く違う言葉が話されていて、景色ももちろんすごく違って。

 

ハタチではじめてイタリアに渡ったときや、帰国禁止の1年間の留学に出かけるとき、

 

あるいは日本での初めてのリサイタルのために気合い十分で帰るとき、

 

「よっしゃいくぞー」的な緊張感を持ってヒコーキに乗り込んだものですが、

 

最近ずいぶん気楽な感じで移動できるようになりました。

 

いつものようにバタバタと家をでて、


(荷物はスーパー重いから空港行くのは大変だけど)、

 

ヒコーキに乗り込んで、何時間か寝たり本読んだりしていたらもう日本、みたいな。

 

慣れたから、ということだけでは多分なくて、

 

世界はほんとにつながっていて、どこにいようが肉体と精神は自分だし、

 

どこにいようとナチュラルに自分がすべきことをやればいいのかなぁ、と

 

そういうことにちょっとずつ気づくことができているのではないかと、思うわけです。

 

もちろん今回、日本で果たすべき大事なことはたくさん待っているのだけれど、

 

全部気負わずに自然にたのしくやれればいいなぁ、と思うわけです。

 

美しい夜明けを韓国の上空あたりで見ながら、そんなことを考えました。

 

東京に帰ってきて、部屋に飾ってあるものにふと目をやると、

 

2005年にイタリアのボローニャに1年、

 

「文化庁派遣芸術家在外研修員」という、ものすごく立派な肩書で行かせていただく、

 

ぼくとしても「国のために一旗あげてやる」という鼻息荒い、気負いまくりな渡航の前に

 

大学の仲間が開いてくれた壮行会でみんなにもらった寄書をふと見つけて、

 

それが、5年前の今日の日付だったことに気付いたわけです。

 

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あの鼻息があって、その後のいろいろなこともあって、

 

5年後のきょう、気負わずに空を飛べたのだと思うのだけど、年月は解決するなぁ、と。

 

たとえばいま、


帰ったら家に届いていたまつきの最近のCDでショパンを聴いているけれど、

 

ちょうど200年前の1810年に生まれたショパンが作って、

 

その後200年弱世界中で愛されている音楽を、生まれて30年しか経っていないぼくが、

 

このコンサートではなにを弾いてもらおうか、とか

 

プログラムのどこにはめこめば効果的か、とか、

 

200年に対してちっぽけな、

 

でも現代のお客さんのためにはとても大事なことを、いま考えているわけなのだけれど、

 

結局200年の重みに身をゆだねて、

 

静かな、でも確かな情熱は燃やしながら、

 

気負わずに音楽や生活に向き合えばいいのかなぁ、と思っているところです。

 

ただいま、ニッポン。

 

オマケ↓

 

 

さっき通ったモンゴルの上空から。

 

モンゴルやウランバートルといえば、朝青龍をおもいだすね。  

世界のエアポートから。

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世界のすべてなんてもちろん知らないけれど、

 

今まで見た世界の町で、だいたいどこでも見かけるものが3つある。

 

マクドナルド、中華料理店、ケバブ屋だ。

 

その次がピッツァとスシかなぁ。

 

マクドの最近のオシャレ戦略はすごいと思う。

おめでとう。

ハートをもらった。

 

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こんどの日本でのコンサートツアーに向けて、「おめでとう。」

 

「コンサートがんばって」と言ってもらうことはよくあるし、もちろんうれしいのだけど

 

その反面、プロの仕事として、お客さんを前にしたコンサートをがんばることは当然だし

 

音楽そのものって、がんばりすぎちゃうとなんというかカタくなっちゃうと思うので

 

作曲家が曲に込めた想いを、自分という媒体を通して再現しようとするときに

 

やっぱり「がんばって」に違和感があるときはある。

 

日本語の難しいところ。

 

でも、多分コンクールやオーディションはやっぱり「がんばって」なんだけど。

 

そんな葛藤を知ってか知らずか、「おめでとう。」

 

コレですよ、コレ。

 

誰にも聴いてもらえないことほど音楽家として成立しないことはないと思うので

 

あちこちでコンサートをさせてもらえる、出演を頼まれる、


お客さんに来てもらえる、ことが

 

そりゃぁ、おめで鯛ことに決まっているわけで。

 

オートマティックに発された「がんばって」に

 

「それ、頑張ることかぁ?」とか「もう頑張ってるし!」とか「これ以上どう頑張れと!」

 

いう気持ちが邪魔して複雑なこともあるひねくれ者のぼくも、

 

ゆりかとれんたろうとモニカさんからのハートフルな「おめでとう」に、

 

素直にダンケ。100パーセントダンケ。

 

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世界のジャパンから特集。

今日は、あちこちから集めた世界のジャパンから。

 

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第二の故郷、ボローニャ(イタリア)に無印良品ができていた。

 

ロンドンやローマなどの首都系大都市には「ユニクロ」や「ブックオフ」など、

 

おなじみのお店が出ている場合もあるのだけれど、

 

大都市ではないボローニャに作っちゃったなんて。

 

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これもボローニャ。ゴールド町。

 

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ロンドンの大観覧車とジャパンの数々。

 

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シェイクスピアの生家では、後世の偉大な演劇人として彼。

 

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ロンドンの宮崎人・日高君が住む、ビートルズのスタジオのある通り。

 

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フランスのオレンジジュースは、東京旅行を景品にしている。

 

ジャパンは世界とつながっている。

 

オマケ↓

 

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天井桟敷だ。

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初めて聴くヘンデルのオペラだ。

 

舞台より天井のほうが近いんだ。

 

でも音は上々だ。

 

チケットは1300円くらいだ。

 

ヘンデルはバッハと同い年だ。

 

1685年生まれだ。

 

本物は色あせないんだ。

 

1,2,3,だー。

まっかな秋。

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世界の家窓の外から。

 

見なれた窓(内側)からの風景に、なんか赤が混じるなと思っていたら、

 

建物にからみつく植物も紅くなっていたということで。

 

115年のこの建物は、115回ずつの四季を経験したはずだ。

 

秋だ。

ラテンかスペインか。

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ファリャ(1876-1946)の作曲したスペイン語のうたを歌うために、

 

メキシコ人デヴィッドにスペイン語の発音をチェックしてもらった。

 

「ラテン(南米)のスペイン語でやる?スペインのスペイン語でやる?」

 

と聞かれたわけです。

 

スペイン語って世界のすっげー広いエリアで話されているから、

 

発音もいろいろあるわけです。

 

たとえば彼はメキシコ人なので、ラテンのスペイン語が母国語のはずだけど

 

ファリャはスペイン人だし、スペイン・スペイン語で歌うべきなんだよね。

 

やっぱり世界は広かった。

 

ジョジョの奇妙なピース。

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2006年のシュタイアー音楽祭「椿姫」で共演したヨハネス(あだなはジョジョ)。

 

彼はいまザルツブルクに住んでいるけれど、

 

ちょうどアン・デア・ウィーン劇場の「ナクソス島のアリアドネ」に出演している、

 

ということで連絡をくれて、1年ぶりに再会した。

 

その2006年の「椿姫」ではぼくはほんのちょっとした役だったけど、

 

それでもヨーロッパでの初舞台だったから随分緊張していて、

 

歳が一個しか違わない(彼は27歳だったはず)なのに、

 

当時すでにウィーン国立歌劇場の専属歌手だったジョジョからは刺激を受けたし、

 

ぼくはその頃大してドイツ語ができなかったのに、やさしく接してもらった。

 

ちょっと前にぼくが日本で「バスティアンとバスティエンヌ」をやったときには

 

彼が出ているそのオペラのDVDを随分観て、(役は違うけど)研究したものだ。

 

Johannes(本名)=Jojo(あだな)で、日本人としてはジョジョと聞くと

 

「奇妙な冒険」を思い出すところだけれど、それよりなにより

 

だいたいカメラを向けられて両手ピースするのは日本人だけかと思ってたわ。

 

また会おう。

やまちゃんレコード。

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レコーディングしました。ウィーンで。あ、なんかかっこいい。

 

いや、タワーレコードで発売の予定はないけれど、

 

自分で自分のチャンスを広げるために、

 

またみそじで節目な自分のありのままの「いま」を記録するために、

 

「トーン・マイスター」山田哲広さん(やまちゃん)にお願いして、レコーディングしました。

 

ホールで録った自分のコンサートのライブ録音はいくらでもあるけど、

 

場所と機材用意してわざわざ録ろうとしたことって、いままであんまりなかったので、

 

さて、どうしたもんかと思っていたところ、

 

ウィーンで知らぬ者のいないほど有名な母ちゃん、シマさん↓

 

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が世界のやまちゃんを紹介してくださったのでした。

 

このやまちゃんは、日本でいわゆる一般の大学を卒業され、社会人を経験してから

 

いわゆる一般の大学ではない(笑)東京芸大に入学しなおし、大学院まで進み、

 

おもにクラシック音楽のレコーディングを学ばれたそうです。

 

去年からは文化庁派遣在外研修員として、ウィーンでより高度な研究をなさっています。

 

ドイツ語の「トーン・マイスター」って、ジャパン語に直訳すると「音職人」なんだけど、

 

レコーディング現場のプロデュースから、録音から、編集から

 

全部ひとりでできちゃう高度な技術と豊かな人間性を兼ね備えた人のことを指すらしい。

 

全部録り終わったあとの、世界のやまちゃんの

 

「マイクの角度ひとつでガラっと音がかわるけれど、


いい現場の雰囲気をつくってアーティストをいかに乗せて、


いい音楽を引き出すかも重要なテクニックなんだよねー。」

 

という言葉が、音職人の奥深さをあらわしているなぁ、と思ったのであります。

 

なるほど演奏家の同僚にはなかなかいないタイプの、


非常に温厚な山田哲広さんでした。

 

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ピアノは平野小百合さんにお願いして、いい雰囲気で「いま」が録れました。

 

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これからもいろんなシチュエーションで宇宙のやまちゃんと音が残せたらいいなぁ。

 

ウィーンやオーストリアやヨーロッパで自分の録音を必要としているひと、

 

やまちゃんレコードいいですよー。本日のオススメ。

太陽のメロディー。

この夏に宮崎にプレゼントされ、元気と勇気を与えてくれた応援歌「太陽のメロディー」。

 

1010日の「コブクロ」の小渕さんのふるさと・宮崎での野外コンサートのとき、

 

アンコールでやはり宮崎出身の今井美樹さんらを交えて初披露され、


会場は大興奮だったそうです。

 

宮崎日日新聞の記事

http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/index.php?itemid=31897&catid=74&blogid=13

 

宮崎の西村楽器店でそのCDを予約して、入荷を待って、手に入れて、聴いたとき、

 

その曲の持つすごいパワーに、ぜひぼくも宮崎でのコンサートで演奏したい,

 

クラシックの会場でも曲がくれる感動をわかちあいたい、と思ったのですが、

 

実はレコード会社のご理解を得て、実現できることになりました。

 

楽譜が出版されていなかったので、


宮崎出身の若く優秀な作曲家・後藤望友(みゆ)さんに

 

ギター(大萩康司さん)+ピアノ(松本和将さん)+テナー(ぼく)用に編曲をおねがいし、

 

若く優秀な後藤さんら、できたてほやほやの楽譜が届きました。

 

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宮崎日日新聞創刊70周年記念事業「みんなに音楽♪大作戦!」

 

1126日都城公演、121日宮崎公演で演奏します。

 

公演詳細

http://www.the-miyanichi.co.jp/special/minnaniongaku/

 

ぜひ、みなさんでお運びください。お待ちしています。

 

こんなすばらしい曲を作ってくださった


小渕さん、今井さん、布袋さん、黒田さ
んに感謝!

パヴァロッティ。

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ぼくが生まれてはじめて買ったいわゆるクラシックCDは、

 

パヴァロッティの2枚組のベスト版みたいなやつだった。

 

高校生当時、宮崎で唯一そういうCDを売っていた西村楽器店で

 

3大テノールコンサートのCDと迷った挙句に選んだやつだった。

 

2枚組でちょっと高くて、持ち合わせがない、でもほしいとなったときに

 

たまたま同じ合唱団で歌っていた大人の永田さんというひとに出くわし、

 

永田さんに相談したらお金を貸してくださって、買ったやつだった。

 

当然そのころyoutubeなんてないし、

 

テノール歌手のCDもそれしか持ってないわけなので、

 

歌の世界に憧れはじめていたころはひたすらそれを聴きまくって、

 

イタリアの本物の世界一テノールはどんな声を出すのか、

 

「キングオブハイC」と呼ばれたパヴァロッティの

 

「ハイC(高いドの音)」はどんなに輝かしいか、

 

「ハイCオレンジ」を飲めばハイCが出せるんじゃないか、

 

とハイCオレンジを飲んでみたりと、いろいろ研究をしたわけです。

 

2007年のパヴァロッティが亡くなった日には

 

ぼくは松本の音楽祭でオペラの公演に出ていて、

 

1公演目と2公演目の間の休憩にそのニュースを知ったと思うのだけど、

 

失意のどん底で2公演目をなんとかやってホテルに帰って

 

彼の「誰も寝てはならぬ」をyoutubeで何十回と繰り返し聴いては

 

ホテルの部屋でひとり、食事もせずに悲しみにくれたものです。

 

そのCDでパヴァロッティと「椿姫」の乾杯の歌のデュエットを歌っていたのが

 

ジョーン・サザーランドというオーストラリア出身の大ソプラノ歌手なのですが、

 

ぼくが生まれて初めてそのCDを通じて知ったプロのソプラノである

 

そのサザーランドの訃報にも今日接しました。

 

手の届かなかった歌手たちは、手の届かないままいなくなっていきます。

 

時は確実に流れています。

 

R.I.P.

 

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パヴァロッティのろう人形は、ロンドンの観覧車の下にいました。

 

10月10日。

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今朝ウィーンに戻りました。気温は3度でした。

 

1010日といえば僕にとってはちょっと特別な日で、

 

新国立劇場に「フィガロの結婚」でデビューさせていただいたのが

 

2003年のこの日でした。

 

新監督、新制作での記念すべき公演の初日のカーテンコールは、

 

ブラヴォーとブーが壮大に入り混じる一生忘れられない出来事でした。

 

覚えやすいので毎年思い出しますが、もう7年ですか。

 

「デビュー7周年」と言ってもいいんだろうけど、

 

そんな大騒ぎすることではないかもしれないし

 

でもぼくのキャリアの中では間違いなく重要な一歩だったから

 

とりあえずの節目ということで、8年目をスタートさせましょう。

 

今年はウィーンに居て、気温は3度で、記憶に記録しておきます。

 

イタリア人親友のグイチャルドたちがここ数日ウィーンに来ていたのだけど、

 

ぼくはロンドン滞在と移動の日でまともには時間をともにできなかったところ、

 

なんとか彼らが空港に行く途中にうちで拾ってもらって、空港までついていき、

 

車中と空港で友情をあたためることができたのでうれしかったのも、

 

8年目のハッピーなスタートだったということで。

 

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首都間約1時間。

スロヴァキアの首都、ブラティスラヴァのエアポートから。

 

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1年ぶりくらいにこの空港を使ったら、きれいな新ターミナルになっていた。

 

一国の首都の国際空港にしてはだいぶこじんまりしていると思う。

 

日本の地方空港よりもたぶんちいさい。

 

オーストリアの首都・ウィーンは国土の東のはじで、

 

隣国スロヴァキアの首都・ブラティスラヴァは国土の西のはじ。

 

両国の首都間はクルマで約1時間の距離しかない。

 

なので、ウィーンからどっかに行くとき、どっかから帰ってきたときに

 

この空港発着の、値段の安いフライトを使うこともよくある。(日本便発着はない)

 

そのためにウィーンとブラティスラヴァの間をバスや車で移動していると

 

かつて国境(路上)に審査があった名残が見えるけれど、

 

EU仲間の今は、国境はフリーパスだ。

 

島国ニッポンで育ったぼくたちには、なかなか理解しにくいことだけど、

 

国境を超えた途端に道端の看板からそこにいる人々まで、

 

使われる言語が完全にスイッチする。

 

2年前くらいまで通貨も違った。(いまは統一された)

 

ぼくはそういう新しい感覚に出会うの、おもしろいなぁいつもと思っている。

チューブかサブウェイか。

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たしか中学校のときの英語のスキットで、

 

「ロンドンの地下鉄は"サブウェイ"じゃなくて"チューブ"といいます。」

 

というのがあったと思うんだけど、ウワサのチューブ。

 

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確かにチューブ。夏じゃないけどチューブ。

 

ところがロンドンにも"サブウェイ"見つけちゃったんだよね。

 

サンドイッチ屋の"サブウェイ"以外で。

 

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地下道のことっぽい。

 

英語と米語って複雑だわ。

 

↓オマケ

 

ロンドンのスーパーのジャパンから。

 

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ブナシメージィ。

 

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エノーキィ。

 

ロンドンでのレッスン、シェイクスピアの街でのコンサート訪問を終え、

 

これからスロヴァキアの首都、ブラティスラヴァ経由でウィーンに帰ります。

 

ちょっと不便な長旅だけど往復6000円フライトだからなー、バスみたいな値段よ。

シェイクスピアだらけ。

ロンドンから2時間電車にのって、こんな名前の街にきた。

 

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ストラトフォード・アポン・エイヴォン。

 

シェイクスピアの生まれた街だ。

 

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1564年にシェイクスピアが生まれた家。

 

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シェイクスピアと彼にまつわるなにかだらけ。

 

彼がこの街で1564年に生まれていなければ、

 

「ブルータス、お前もか」も「それが問題だ。」も「あなたはどうしてロメオなの?」も、

 

ぼくたちは一生知らないし、

 

ヴェルディは「ファルスタッフ」も「オテロ」も作っていないわけですよ。

 

偉大すぎる先人。

 

ところでぼくはシェイクスピアが目的だったわけでなく、

 

この街でいま開かれている音楽祭のプログラムで、

 

伝説的歌手・ジェイムズ・ボウマン氏のコンサートを聴きにきたのでした。

 

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親友のアメリカ人ピアニスト・マーティンに、

 

「こんどかくかくしかじかで急にロンドン行くことになった」と言ったら、

 

「ボウマン氏のところでちょっと歌ってきたらいいじゃん、ホワイノット?」

 

みたいなかんじで話が進み、調べてみると

 

たまたま滞在予定期間にこの街でボウマン氏のコンサートがあったわけです。

 

20年前に共演したぶりにボウマン氏と連絡をとってくれたマーティンは

 

ぼくにつないでくれ、ぼくは事前にメールでやりとりをし、

 

今日その伝説的ボウマン氏はナイスにフレンドリーに話しかけてくれました。

 

何事も縁とかタイミングだなぁといつも思うのであります。

 

感謝。

 

ところでぼくの英国の住宅のイメージって「茶色」なのだけど、

 

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↓ポリスも茶色

 

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プラス、シェイクスピアの街は、なんか非常にしましまだった。

 

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ハイドンだらけのアイゼンシュタットもそうだったけど、

 

街の偉人をずっと誇りに持てる街っていいよね。

 

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横断歩道世界一。

突然に関わらず快くロンドンの寝床を提供してくれた日高君ちの前の通り。

 

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なんかみたことないですか?

 

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彼が住んでいるのは、世界一有名な横断歩道のある通りでした。

 

宮崎有名名字の日高君(ロンドン駐在中)は、中学時代通っていた塾の友達。

 

学校は一度も一緒になったことがないけど。

 

縁って不思議。

 

お世話になっております。

なにかがかわるかも。

 

世界のエアポートのトイレから。

 

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そして突然ロンドンにいます。4年半ぶり。

 

ウィーンからヒコーキで2時間。時差は1時間。

 

ぼくのこれからの音楽人生にかかわる、ものすごく重要なことを確かめに。

 

決戦は水曜日と金曜日。

 

たのしみ半分、その他も半分。

 

いまさらこんなシチュエーションはなかなかない。

 

だから音楽っておもしろい。

マイヤとの再会。

バス窓が美しいボローニャは、ぼくが2005年から1年間留学した第二の故郷だ。

 

1時間のレッスンを受けるために6時間半かけて往復したそのボローニャでは、

 

ソプラノのマイヤ・コヴァレフスカさんとも再会できた。

 

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ニューヨークのメトロポリタン歌劇場などに引っ張りだこで主役を歌い、

 

今シーズンはミラノ・スカラ座とウィーン国立歌劇場にもデビューする。

 

ボローニャ駅に着いたときにふと思い立って久々に電話をしてみたら、

 

世界中を飛び回っている彼女がちょうどボローニャに帰ってきていた。

 

じゃ、いまから会うしかないよねってことになる。

 

なにごともタイミングだなー。

 

ラトヴィア出身のマイヤに前回ボローニャで会った1年半前には、

 

彼女の師匠・ミレッラ・フレーニ氏にレッスンを受けるのを聴かせてもらった。

 

その日のお題は、彼女がメトで歌っている「ラ・ボエーム」のミミだった。

 

20世紀最高のミミと21世紀を代表するであろう新しいミミの激突。

 

そんな世紀を超えた瞬間を、ぼくは目撃してしまったのだった。

 

わすれまい。

世界のバス窓から。

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今日は、イタリア・ボローニャ市内のバスの車窓から。

 

この歩道アーチ(ポルティコ)は、雨でも濡れないボローニャの自慢。

 

この下で芸術家たちは絵を描いたそうです。たしか。

バックトゥザフューチャー。

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ローマのバス停の到着案内の時計。

 

「時刻表いまダメです。」の表示の下の時計。

 

ドク、タイムパラドックスだ!

 

2000年に戻ることができたら、なにするかなー。

 

ところさすがイタリア。首都のバス停だぜ?

もう10月。

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もう6度。

 

世界の家窓から。

*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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