2011年9月アーカイブ

出会いと再会。

同じく8月下旬。

 

そのインスブルックでのコンクールの帰りに、

 

思い立ってドイツのミュンヘンを通ってウィーンに帰ることにした。

 

インスブルックからウィーンは4時間半、

 

インスブルックからミュンヘンが2時間で、ミュンヘンからウィーンが4時間半。

 

帰りのキップはとっていなかったし、会いたかった人がいた。

 

ミュンヘンで日本食レストランを経営されている大矢健治さん。

 

宮崎出身というご縁で

 

これまで何度も連絡をとらせていただいていたのだけれど、

 

ようやく出会えた。

 

同郷、それも宮崎という共通点は、初対面の距離をすぐ縮める。

 

宮崎でよかったといつも思う。

 

24.08.11.erikenji.jpg

 

そして、ソプラノの中村恵理氏。

 

新国立劇場のオペラ研修所の同期で、3年間朝から晩まで一緒に過ごしたけど、

 

いまやヨーロッパで活躍する日本人オペラ歌手の先頭を走るひとになった。

 

4年ぶりに会って、じっくり話したのはもっと長いブランクがあったけれど、

 

なんと表現したらいいのかわからないけど、いま会えてよかった。

 

1年前でも1年後でもない、いま。

 

そんなエリ氏の名言。

 

「ていうか私たち、同僚だよね、友だちってかんじじゃないよね。」

 

ぼくもそう思ったよ。

おなじ場所。

8月下旬。

 

コンクールに参加するために、オーストリアのインスブルックを訪れた。

 

この街を訪れるのは2度目で、前回は2年前だったのだけれど、

 

そのときに印象深かった場所をもう一度訪れてみた。

 

23.08.11.innsmichi.jpg

 

あのとき、この橋の上にすわりこんで、

 

その年のコンサートのための原稿を書いた。

 

21.08.11.inns.jpg

 

あのとき、この山の頂きに何時間もすわりこんで、

 

インスブルックの街をながめながら、自分自身にいろんなことを問うた。

 

これまでに出会った、わすれられない風景がたくさんある。

 

それは単純に景色のことではなくて、その景色を見ていた自分自身を振り返る。

 

そして「あのとき」と「いま」を生きる自分の中のいろんな距離をはかる。

 

縁があってその街をもう一度訪れることができたときは、

 

時間をみつけて、おなじ道をあるいてみる。

 

おなじ場所がきづかせてくれることがたくさんあるんだ。

ロンドンでのコンサート。

9月12日、イギリス、ロンドン。聖オレイヴス教会で。

 

12.09.11.rossini.jpg

12.09.11.tutti.jpg

 

教会でのコンサートで歌えるということは、

 

「あるべき響き」で歌えるということです。

 

現代にクラシック音楽と呼ばれている音楽の源は、

 

教会で演奏されたキリスト教の宗教音楽にあります。

 

モーツァルトもベートーヴェンも、

 

オーケストラもオペラも、みんなそれよりあと。

 

だから、声という楽器で教会で歌ったときの響きは、

 

コンサートホールやオペラハウスができるずっと前の、

 

声が奏でた歴史上最初の音楽的な響きであると思う。

 

だから新鮮で楽しかった。

 

ロンドンに行くまえに、スイスのルガーノという街で、

 

ロンドンのあとにはチェコのプラハで用事があったので、

 

ウィーンからミラノに飛行機、

 

ミラノからルガーノ(イタリア語圏)に電車、

 

またミラノまで戻ってロンドンへ飛行機、

 

ロンドンからチェコのプラハまで飛行機、

 

プラハからウィーンまで電車、

 

という結構な大移動をしましたが、

 

この移動にかかった費用は全部で大体15000円くらいです。

 

ヨーロッパでは前もって予定(2カ月くらい)がわかっていれば、

 

気合いで探せば安く動けるので、冒険の旅には向いています。

 

そのかわり、飛行機の席は自由席、預け荷物は追加料金、

 

手荷物も厳しく重量を量られて、超えたら容赦ない追加料金、

 

スーパー早朝やスーパー深夜のフライトで、しかも空港が遠い、

 

などの厳しさもありますが、冒険だからいいのです。

 

うまくスケジュールを組めたときはうれしい。

 

1年ぶりのロンドンに到着したときに迎えてくれた虹のアーチは、

 

ぼくの人生史上一番でかいレインボーでした。

 

10.09.11.rainbow.jpg

 

この旅の最終目的地、プラハにアメリカからコンサートツアーでやってきて、

 

コンサート本番の日の昼間に時間をつくってくれ、

 

昨年12月ぶりにぼくの歌を聴いてくれたマーティン。

 

14.09.11.martinprague.jpg

 

音楽に関して、絶対に本音しか言わない友人を持てることがどれだけ幸せなことか。

 

そのマーティンが10年の長い友情のあとに言ってくれた言葉が、

 

ぼくにどれだけの勇気をくれたか。

 

それはいつかステージで。

文化をこえる。

 

25.09.11.setagaya.jpg

日曜。

 

ウィーン19区には東京の世田谷区との姉妹都市の友好のしるしに

 

「世田谷公園」という公園があって、

 

その公園にある茶室でお茶の会があるというので、伺いました。

 

日本人のお茶の先生のもとでお茶を学ぶこちら在住の日本人の方や、

 

オーストリア人の方が茶の湯のお作法でお茶をふるまってくださったのですが

 

日本の伝統的な衣装をつけたオーストリアの男性が、

 

日本人の私たちにお茶をふるまってくださるの姿を見ながら、

 

西洋の文化であるクラシック音楽を、

 

タキシードやオペラ衣装を着て演奏する自分の姿と重ねたのでした。

 

他国の文化を愛し、打ち込んで、カタチにする。

 

どの国の、どの文化に対しても世界中が尊重することができれば

 

世界はもっと平和なんじゃないかな。

国境をこえる。

国境を陸路で越えるとき、

 

日本人の自分がもともと持っていない感覚であるので、興奮します。

 

20.08.itat.jpg

 

写真は先日乗換をしたオーストリアとイタリアの国境の駅。

 

そういえば2年くらい前にオーストリアの端っこの

 

ブレゲンツという街で大きい音楽祭をやっていて、

 

友だちの出演しているアイーダを応援にいきがてら

 

ブレゲンツに住んでいる同僚を訪ねていったとき、

 

1日で4カ国をクルマで訪れる遊びをやったことがありました。

 

ドイツ、スイス、オーストリア、

 

そしてリヒテンシュタインという小さい国の国境が

 

そのブレゲンツの近くにあって、

 

国境を超えるときにわざわざクルマをおりて、

 

国境をまたいで2ヶ国間に足を広げて写真を撮ったりしたものでした。

 

この件についてももっと書きたかったけど、

 

来週のコンサートの曲を仕上げるために練習にもどります。

 

バッハの100年前に生まれたシュッツという作曲家の曲と、

 

ロッシーニの曲をやるのですが、

 

最近ずっとバロックの曲ばかりを練習していたあとに

 

ロッシーニをうたうのが楽しすぎるのだ。

 

もちろんバロックがつまらないというわけではなくて、

 

スタイルが全然違って、それはそれは譜読みも暗譜も楽しい。

 

楽しすぎるだけでなくて、懐かしい感じ。

 

メリハリ大事ね。

夏のおわりに。

20.08.11.fujuku.jpg

 

こんにちは、ふじゅきDaichiです。

 

よくあることです。

 

スペルが間違ってたり、女性だと思われたり、いちいち気にしていられません。

 

アツい夏でした。充実した夏でした。

 

アツすぎて没頭しすぎて、あまりに何も書けなかったので、

 

夏のおわりにちょっと振り返りたいと思います。

 

7月初旬に以前ご報告したコンクールがあり、

 

終わった翌日にイスラエルに飛びました。

 

ぼくはイスラエルという国について、

 

今年自分がいくと決まるまではなにも知らなかったし、

 

実際行ってみて感じたこともあるので、

 

うまく伝わるかわかりませんが、せっかくですので少し書きます。

 

地中海に面したテルアビブという都市で4週間、

 

オペラのサマープログラムでした。

 

テルアビブは大都市ですが、首都はエルサレムです。

 

しかし、国際的には(たとえば国連は)

 

テルアビブが首都であるとみなしています。

 

イスラエルに入国するとき、イスラエルから出国するとき、

 

パスポートにイスラエルのスタンプをもらうと、

 

その後イスラエルと国交のない国々(アラブ諸国の一部)からは、

 

入国を拒否されるそうです。

 

03.08.11.stamp.jpg

 

ということで、自分の判断で入国も出国も別紙にスタンプを押してもらいました。

 

ただし滞在中にパスポートの提示を求められたときに、

 

入国の履歴がないためにトラブルになる可能性もあると言われました。

 

そういう国もあるのだ、と理解するしかないのです。

 

サマープログラムでは、コンサート出演などもあったのですが、

 

基本的には毎日、数時間のレッスンを受けていました。

 

NYのメトロポリタン歌劇場の音楽家が中心になって

 

バケーション期間中にオーガナイズしているプログラムだったので、

 

参加者はアメリカからの歌手が半分、

 

地元イスラエルの歌手が半分といったかんじで

 

ぼくのようにヨーロッパから飛んできて参加した歌手は多くありませんでした。

 

とにかく毎朝ホテルからシャトルバスに乗って音楽ホールまでいき、

 

1日中そこでレッスンないしリハーサルをやって、

 

また夕方にバスでホテルに帰るという生活で、

 

おそらくこういう生活は東京の新国立劇場で3年間、

 

朝から晩までオペラの研修をしていた時代ぶりで、新鮮でした。

 

あのパヴァロッティが、故郷で歌を習い始めたときには、

 

師匠のところで基礎の発声レッスンを毎日受けて

 

あの輝かしい声のベースをつくったという話は有名ですが、

 

特に最近レパートリーというか声種をかえたぼくにとっては、

 

その話を思い出すような毎日でした。

 

14.07.11.canetti.jpg

 

バルバラ・フリットリの師匠である、

 

イタリア人のマエストラ・カネッティのレッスンでは、

 

テノール時代にイタリアで 習ったことをやはり繰り返し言われるんですね。

 

どの声種でも基本はまったく一緒であることを確認できたし、

 

ルネ・フレミングのコーチであるジェラルドは、

 

名だたるカウンターテナーへのコーチをした経験も多くあって、

 

その共通した基本の先にあるテクニックのヒントをくれました。

 

そして自分自身もファルセットで歌うアイラは、

 

のどや身体の、最近新しく使い始めた筋肉をどう馴らしていくか、

 

一緒に声を出しながらそういった訓練をしてくれたように思います。

 

29.07.11.ira.jpg

 

とにかくすべてのことが今の自分がどうしても知りたかったことだし、 

 

ヒントはあげたからウィーンに持って帰ってあとはおまえ自分でやれよ、

 

と、そういうことを教わりました。

 

こんなに短期間でこんなに色々なことを言われて、

 

5年前だったら迷いが生じていたと思うのだけれど、

 

やはり時は経ったというか、

 

いろんなニュアンスの言い方の中の、根っこの部分は共通しているので

 

それを拾って消化するというか、そういうことができるようになったと思います。

 

自分の持っている声を最大限に生かして健康的に出す方法は、

 

おそらくひとつしかないんですね。

 

それを、いろんなひとがいろんな言い方で表現しているだけで。

 

自分の声のポテンシャルは、持っているもの以上にはならないので、

 

それに向き合って少しずつ磨いていくしかないし、

 

どう、自分が持っている一番美しい声をいつでも出せるようになるかが、

 

声のトレーニングなのだと思います。

 

書いてみるとそれ当たり前なんだけどね。

 

音楽の話は書くとどんどんマニアックになるのでこれくらいにしますが、

 

毎日通っていた音楽ホールで

 

休憩中にコーヒーを淹れてくれていたイスラエルの少年がいて、

 

彼は18歳なんですが、

 

夏が終わったらどうするの?来年もここで働くの?と訊いたら、

 

今年中に軍隊に入るんだ、と言うんですね。

 

また町を歩いていると、軍服姿でひとり歩く少女をよく見かけました。

 

イスラエルでは男子だけでなく女子も18歳で兵役があるんです。

 

またホテルでルームメイトだった

 

NYでジュリアード音楽院に通う韓国人の歌手も、

 

この秋に受ける国際コンクールで上位に入らなければ

 

軍隊にいかなければならない、

 

そうなるとこれまでせっかく鍛えてきた声も軍隊生活の間に衰えてしまう、

 

だからいま必死にうまくなって結果を出すんだ、とがんばっていました。

 

韓国の歌手が世界のオペラ界で多く活躍している理由として、

 

よく顔の骨格や声帯など、フィジカルなことが話題になりますが、

 

軍隊を経験する前のハングリーさ、経験したあとのメンタルの強さも

 

大いにあるような気がします。

 

 20代前半まで当たり前のように学校に通わせてもらって、

 

当たり前のように「青春」を楽しんだ日本の自分が想像もしなかった現実があり、

 

また、いつ近隣の国からミサイルがおとされるかわからない、

 

という、命にかかわる恐怖を常に心のどこかに持つイスラエルの人を知り、

 

またそのイスラエルの中にも壁で隔たれた、

 

ニュースでしか知らなかったパレスチナ自治区があって、

 

そしていままさに戦闘が行われている地域があって、

 

この夏みっちりと音楽を学んだ以上に、

 

自分のこれまでの経験とか、信じてきた常識とか、

 

もうまったく関係のないところにある生活があることを

 

少しだけ知ることができました。

 

その中で西洋音楽、いわゆるクラシック音楽の根源にある

 

キリスト教の聖地であるエルサレムを実際訪れ、

 

08.07.11.jerusalem.jpg

 

エルサレムはキリスト教だけでなく、

 

ユダヤ教、イスラム教の聖地でもあるのですが、

 

世界中の、それぞれの神を信じるひとの

 

心が集まった場所にしかない「重さ」を感じ、

 

キリストが判決を受けて、十字架にかけられ、

 

処刑されるまでに歩いた道をたどり、

 

ようやくバッハやヘンデルのオラトリオに歌詞として出てくる

 

「エルサレム」、「イスラエル」、「シオンの丘」などの言葉の持つ重さも

 

少し想像できるようになったような気がしています。

 

そして、キリストの生まれた地、ベツレヘム。

 

30.07.11.bet.jpg

 

ここは実はパレスチナ自治区にあたります。

 

この中に住むパレスチナの人は、

 

壁の外のイスラエルには出られないことになっている。

 

パレスチナの外にある病院にいくとか、学校にいくとか、申請して

 

公式に発行されたパスに指定された場所以外に出かけると、拘束されるそうです。

 

パレスチナを案内してくれたひと(アラブ人)に、同行した友だちが訊きました。

 

「ユダヤ人(イスラエルのひと)のことは嫌いなのか?」

 

「それは私からは言わない。

 

私たちの感情のもっと外で、

 

和平のために力を尽くしているリーダーがいるから。」

 

イスラエル滞在で一番鮮烈な言葉でした。

 

平和を祈ります。

 

これからやっと、本当の意味で平和を祈ることができる気がします。

 

夏の話はまだあるのですが、

 

イスラエルで感じたことが多すぎて相当長くなってしまったので、

 

時間があればまた書きます。

 

02.08.11.seeya.jpg

 

↑死海なう。

*『藤木大地』オフィシャルHP

*トップページ

profilephoto


カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
所属事務所による公式プロフィールはコチラ


ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261

このアーカイブについて

このページには、2011年9月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2011年8月です。

次のアーカイブは2011年10月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。