2012年11月アーカイブ

なにが起きても変じゃない。

そんな時代さ、覚悟はできてる。


といううたが流行ったのは高校生のころだったけれど。


明日からある用事でドイツ行く予定だったんだけど、


今朝、急にその用事がキャンセルになった。


アメリカからドイツにコンサートに来る


ふたりのビッグなアーティスト(カウンターテナーとピアニスト)に


自分の声を聴いてもらい、翌日の彼らのコンサートにもいくという用事だった。


今朝、あしたの夕方ドイツのハンブルクで会う約束をしていた


ピアニストのマーティンからメールがきたのだ。


「デイヴィッド(カウンターテナー)から夜中に電話があった!


ちょっと問題が起こって、あさってのコンサートは中止だ!


というわけで、自分は今朝のドイツへのフライトには乗らない!


お前をハンブルクまで呼んだのに、本当にごめん!


こんな経験はいままでないんだー!」


という感じだったのですが。


うーん、そりゃー残念だけど、自分でもびっくりするくらい驚かなかったなあ。


まー、あるよねー。こっち(外国)だしねー。


イタリア留学時代を入れたら、


期間的にはぼくのヨーロッパ生活は5年を超えたところです。


イタリアなんて、本当になんでも起こるし、


イタリアじゃなくても、結構なんでも起こる。


予期せぬ(日本ではあり得ないような)ことが起こったときに、


ビックリドッキリしないメカみたいなのが体内に備わったかなあ。


契約書にサインしてても、


公演1か月まえにメール一本でコンサートなくなるしね。


「予算足りなくなったから今年はナシ!願わくば延期!ごめん!」


え、もうあんな難しい曲すげー練習して仕上がりかけてるし、


こないだわざわざそっち(イタリア笑)までリハいったじゃん、みたいな。


パスポートも盗まれたし。


家に泥棒が入ろうとしてカギ壊されたし。


新幹線的な電車も運行中壊れて、


田舎駅からバスに乗り換える羽目になったりするし。


そのバスもトンネルの中で壊れて、またバス乗り換える羽目になるし。


真夏に2時間もトンネルの外でかわりのバスを待ちましたよ。


ついこのあいだ、パリの空港から市内にいく電車にのろうと思ったら、


さっき車内で殺人事件起こっていま電車動いてないから、バス乗り継いでね、


とか。


なんでも起こります。


慣れた。


だから、残念だったけど、じゃー明日から3日間どうしよっかなー、


もうこの数日不在のつもりで、


音楽コーチング(本番やオーディション用曲仕上げ)も進めてたし、


もう年内はあと数日しかウィーンいないから事務作業も済ませたし、


冷蔵庫の食材も使い切ったしなー。


やり残したのは曜日が合わなかったインフルエンザの予防接種くらいだ。


ちなみに、こっちのインフルエンザの予防接種は、


薬局でワクチンを自分で買って、保健センターで打ってもらうのだ。


ワクチン持ち込みなのだ!


どれどれ、と、サイトでフライトをキャンセルしてみようとするけど、


変更ボタンはあるけどキャンセルボタンがないなー、


航空会社のコールセンターも営業時間外で、


明日乗らなかったらもろもろ丸損だなー。


じゃー、用事ないけど、ま、とりあえず飛ぶか。


ということに、さきほどの自分会議できまりました。


ハンブルク!


いままで一度も行く機会がなかったドイツ第2の街。


ここで行かなかったら、もう行かないだろう、と。


何冊か本持って、楽譜も持って、


誰も知り合いいないんだけど、


行く事にします。


思えば、もっとずっと若く、時間もある旅人だったとき、


訪れる街、見るものすべてが新鮮で、


そんなどの街にも「用事」なんかなかった。


いまはありがたいことにいろんな街に用事ができて、


仕事だったり、未来への投資だったり、いろいろな種類の用事だけど、


その用事を最優先するので、


なにも考えずに街をぶらつくことはしなくなった。


たった3日間だけど、そんな滞在になるかな。


今回の旅は厳密にいえば仕事でも投資でもなかったので、


予約している宿はドミトリーで男女相部屋の1泊1000円のベッド。


そもそも、そんなスタイルの旅から、


ぼくの、ヨーロッパに留学して、仕事をしたい野心が芽生えたんだよな。


デイヴィッド・ダニエルズとマーティン・カッツ。


この世界最高コンビにまた会えないのは残念だけど、


声を聴いてもらえないのも、コンサートが聴けないのもすごく残念だけど、


縁があれば世界のどこかでまた会えるでしょう。


27Nov12window.jpg


ウィーンにいるときは定期的にコーチングを受けている、


ウィーン国立歌劇場のリハ室の窓から。


こんな空です。


27Nov12Klavier.jpg

歴史上の名だたる名歌手が、


ウィーンのあの豪華絢爛な舞台にあがる前に、


その時代の名コーチと音楽の準備をした、


その同じ部屋でぼくもいま、


現代の名コーチと自分のレパートリーを仕上げているという幸せ。


しかも今日は、この劇場で働いていたマーラーの作品を。


なんてこった、こんなに尊いことはない。


27Nov12rathaus.jpg

クリスマスマーケットもはじまりました。

今後の演奏予定。


ウィーンはサタデーナイトです。


フィーバーはしてませんが。


まだ発表されていなくて書けないものもあるのですが、


ざっくりと、今後の演奏予定をできる範囲でお知らせします。


2012月12月14日に東京で以下のコンサート。




「仲間たち」と一言にしてしまうにはもったないすげーメンバーと。


胸を借りて、自分を高めたいとおもいます。


ありがたや。


2013年になってからはしばらくヨーロッパにいますが、


2013月3月上旬から、


日本音楽コンクールの受賞記念コンサートツアーがはじまります。


3/8(東京)、3/10(青森)、


4/6(大阪)、4/14(鹿児島)、4/21(北九州)、4/25(名古屋)です。


会場や時間など、詳細はまたまとめて書きます。


ご近所があればぜひご予定ください。


そのすぐあとから6月までは約2か月間、ボローニャ歌劇場です。


あと、先日新聞のインタビュー記事の中に載せていただいたみたいなので


その範囲でちらっとだけ書けますが、




宮崎日日新聞のみなさんと大萩康司君と一緒にまたやらせていただきます。


上記リンク先は前回(2012年)のものです。


初回(2010年)のものもぜひご参考に。


地元でどんどん輪が広がっていくといいな、と強く願うプロジェクトです。


楽しみにしてくださっている方々が増えているようで、うれしいです。


「みんなに音楽♪大作戦!2013(仮)」、


日程などくわしいことはオフィシャルになったらお知らせします。


2013年後半もありがたいことに


いろいろと日本でも機会をいただいているのですが、






このふたつはもう発表できるみたいです。


11月に東京で「第九」アルトソロ(!!!!!!)です。


テノールソロのマーチのところで間違ってオラオラと立たないか心配です。


また、ムジカーザ(東京)は、


イタリアから帰ったばかりの2007年に自主企画公演をさせていただいた、


思い出も思い入れもたくさんあるホール。


宮崎でやらせていただいているプロジェクト「大作戦!」は、


このムジカーザでの最初の「withフレンズ」からはじまり(2007)、


その後の他のプロジェクトでいろんな要素を熟成させ(2008-2009)、


ついに生まれました。(2010)


ぼくがコンサートプロデュースをはじめた場所なのです。


あぁ、主催公演に呼んでいただけるようになるなんて!(2013)


あぁ、全部たのしみ。


こんなにたのしみな仕事たちに埋もれて日々を生きる幸せ。


2005年に開設してもらったぼくのオフィシャルサイトですが、


情報が古いまま(おれまだテノール)なので、


管理人のミキさんにお願いして近々リニューアルしてもらうことになっています。


それまでは公式な情報はこのブログのものとさせてください。


では、これから12月のためにブリテンにまみれます。


いわゆるSFBF(サタデーフジキブリテンフェスティバル)です。


自宅ソロ開催だけどね。


23Nov2012weitra.jpg

これはフライデーのフィーバーのようす。

木曜日NHKラジオに流れます。

11月22日(木)よる、NHKラジオにぼくの歌が流れます。




先日東京オペラシティで歌ったプログラムの全曲を流していただけるようです。


「ダヴィデ王」デ・ラ・マレ作詞、ハウェルズ作曲(4分05秒)
       (カウンターテナー)藤木大地(ピアノ)河野紘子
「"命の家"から "静かな真昼"」             
  ロゼッティ作詞、ヴォーン・ウィリアムズ作曲(3分37秒)
       (カウンターテナー)藤木大地(ピアノ)河野紘子
「小さな空」        武満徹・作詞/作曲(3分34秒)
       (カウンターテナー)藤木大地(ピアノ)河野紘子
「ばらよりも甘く」  作詞者不詳、パーセル作曲、ブリテン編曲
                       (2分39秒)
       (カウンターテナー)藤木大地(ピアノ)河野紘子


ありがたいです。ありがたや。ありがとうございます。


あぁ、ぼくはまた聴けないけれど!


ごらんのとおり、ピアノは河野紘子さんです。




コンクールを最初から最後まで一緒にたたかった大切な仲間です。


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あぁ、ラジオでは顔は見えないけれど!


テレビでももうすぐ流れますので、みてね。


くわしくはちょっと上をごらんください。

オーディションの孤独。

美しいナンシーから美しいウィーンにかえってきた。


06Nov12Stalasnis.jpg

いつも思うんだけど、


オペラ歌手にとってのオーディションはリターンの予測できない投資である。


詳しく書くと長くなって寝る時間が減るから詳しく書かないけど、


まず、そもそも、オーディションに呼ばれるのが大変。


やっと呼ばれたとして、


旅費、宿泊費、移動時間を費やし、体調を整え、


前の晩くらいは奮発してその土地の元気の出るごはんを食べ、


呼ばれた時間に劇場にいくと、


同じようにやっと呼ばれた歌手が16人(今回の話)いる。


こいつはきょうパリから、あいつはきのうブリュッセルから、


ゆうべこの劇場で公演うたってたやつらもいる。


どっかから来た組はみんな、舞台袖にトランクを持っている。


はじめて会う劇場専属ピアニストと一瞬だけリハーサルをして、


舞台袖で順番を待って、ようやく舞台に立つ。



07Nov12Opera.jpg

聴いてもらえるのは多くて2-3曲、少なかったらたった1曲。


1日がかりで移動してきて泊まって、


舞台で5分から10分歌って、


客席にいるキャスティングディレクターに


「メルシー、さよならー」


と言われて、オーディションおわり。駅に向かう。


フィードバックみたいなものがすぐもらえることもあれば、


後日マネージャーを通してなんらかの連絡が来ることもある。


なんの連絡ももらえないこともある。


オールオアナッシング。


契約につながるか、お金かけてたった10分間そこで歌っただけで終わるか。


シビアだろー。


ヨーロッパでは(きっとアメリカでも)みんなこれをやって、


やり続けて、キャリアメイクするんですわ。


今年の6月にイタリアのボローニャ歌劇場で、


その前日に急に決まったオーディションを歌いました。


その場では、


「キミ素晴らしいんだけど、


今うちの劇場でキミをキャスティングできる公演の予定がない、


もしなんかあったら連絡するよー」


と言われて帰りました。


1か月後、出演のオファーがメールで届きました。


いろんなやりとりを経て、ぼくの出演はオフィシャルになりました。


2013年春、ボローニャ歌劇場に出演します。




2013年5月(6回公演)
グルック作曲 オペラ「クレリアの勝利」
(マンニオ役)
※ボローニャ歌劇場開場250周年記念公演

2013年6月(6回公演)
バッティステッリ作曲 オペラ『イタリア式離婚狂想曲』
(カルメロ・パタネ役)


7年前のボローニャ留学中、


立ち見席に通い詰めてオペラを観たボローニャ歌劇場。


こんな未来があるとは思わなかったなー。


だからぼくらはどんなに不毛さや孤独を感じても、


オーディションをやり続けなければいけないのだ。


ナンシーで歌い終わって、


翌日のフライトに乗るためにパリに1泊したのだけど、


友だちが二人も夕ご飯に付き合ってくれて本当に楽しかった。


アメリカで一番大きい音楽事務所のマネージャーに会ったとき、


オペラ歌手でワールドキャリアをするには孤独を愛せないといけないよ、


と言われた。


練習も孤独、旅も孤独、食事も基本的に孤独。


そんな孤独の中で出会い、


期間限定で音楽することになる素晴らしい同僚とか、


訪れた土地で再会する友だちとの楽しい時間とか、


舞台の上にある音楽そのもの。


孤独の先にあるものにために、いまは孤独をたのしむしかないのだ。


あさってからドイツです。


いま話題のオーディションで、1泊だけね。


やっぱり長くなった。


おやすみ世界。

おはよう世界。

朝おきて、いつものようにコーヒーをいれようと思ったら、


フィルターを切らしていたわけです。


旅立ちの朝に。


おれは慌てなかった。


そうだよ、こんなときのためにこれをわざわざ持って帰って来たんだよ、と


数ヶ月前に日本のコンビニで買って、余ったのでトランクにいれた、


使い捨てのドリップコーヒーを颯爽と登場させ、


おれはめでたくコーヒーが飲めたわけです。


ただそれだけのことですが、気分が違うね。


じゃ、フランス行ってきます。


こんやにはナンシーという街にたどり着いているはずです。


なんだ、そんな街、女の子の名前みたいだな、と思って早数年。


ようやくナンシーを訪れます。


そういえば中学校の英語の授業で強制的に暗唱させられ、


覚えてなかったら放課後の部活の時間がなくなって、


英語の先生の前で暗唱できるまで覚えさせられたほどの


ラジオ「基礎英語」の中1最初のスキットは、


Hi, Sue, 


Hi, Ken,


How are you?


Fine, thank you!


だった。


あぁ、ナンシーじゃなかったですね。スーザン(Sue)でした。


【おしらせ】11月6日付毎日新聞「夕刊」をよろしければごらんください。

冬ウィーン。

写真はないんだけど。


きのうの夕方からウィーンです。


発つ日の朝に、NHKでちょっとぼくが歌っているところが流れたらしく、


またいろんな人からメールをもらいました。


例えば、


もう10年以上前に外国で知り合ったまま連絡とれていなかった友だち。


もちろん覚えてますよー。


すげーなー、テレビ。


で、テレビor新聞+ネットでメールが届いてしまうこの時代がすごい。


この時代がうれしい。


いろいろ書きたいこともあるのだけど、


来週は弾丸でフランスでオーディションで、


再来週は弾丸でドイツでオーディションなのに、


どれのフライトもまだとってない、


どっか行ってるその間にいろんな〆切がくる、


ちょっとした逃げ出したい状況ではあるのですが、


そういうわけにもいかないので、


なんかこう、物事という形のないモノに


ポストイットで優先順位の順番を書いて、


終わらせたらはがしていってる冬ウィーン1日目なのである。


これは実にタダの日記だな。

*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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