2013年12月アーカイブ

のべおか第九とエトセトラ。


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ちょっと前ですが。宮崎日日新聞の一面をにぎわしたのである。なにかやらかしたわけでもなくて、宮崎県延岡市の「第九」がすごいのです。もう28回目、28年目。そのうちの4回を歌わせていただいてます。テノールで3回、アルトで1回。準優勝の延岡学園高校にちなんで甲子園風に言うと4年ぶり4度目の出場。日本のプロオケとの共演で、第九のテノールとアルトの両方のソロを歌ったことがあるのは多分ぼくだけでしょう。世界でもぼくだけかもしれない。これも珍しいけれど、別にすごいわけではなくて、なりゆきです。第九は好きです。ベートーヴェンの傑作に、舞台の上で堂々と埋もれることができるから。オケと、合唱と、ソロと、客席と、音楽で一体になれる作品だと思う。

この公演の直前に、主催者と地元紙のご依頼で紙面にメッセージを寄せました。

"大きな声で、「ただいま延岡」と言いたいとおもいます。6年前、ぼくがはじめてテノールとして「第九」を歌った延岡の地に、こんどはアルト(カウンターテナー)として帰ってこられることになりました。きっと延岡と、のべおか第九のみなさんは、いつもとかわらず迎えてくださるのでしょう。むかばき山に沈む夕陽に、師走の冷たい空気に、ぼくはまた郷愁を感じるのでしょう。いつもの季節に、いつものホールで歓喜を歌うという、"いつものこと"が、ひとの歴史の中で本当は一番尊いものなのではないでしょうか。大きな声で、その喜びを歌いたいとおもいます。"

自分で書いておいてナンですが、やっぱりそのとおりだったな。のべおかはいつも通りだった。28年間も一面トップのイヴェントを育て支えている延岡の皆さんに敬意の大拍手。「のべおか第九を歌う会」の合唱が本当にすばらしかった。ドイツ語がドイツ語に聞こえた。これはとても難しいことなのですよ。延岡にはまたいつでも帰りたい。ぼくの第九の原点の町。4年ぶりにアルトとしてぼくを指名してくださって感謝。

そういえばこの日九州響のコンサートマスターの近藤さんは大学時代の後輩と言ってはえらそうですが知り合いで、ひさしぶりに会いました。東京フィルとの第九には同郷人のファゴット黒木綾子さんがいたし、お正月もNHKニューイヤーオペラで一緒のはずです。最近こういう再会が増えてきて嬉しい。

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スケジュールを載せているのでばれますが、ぼくの2013年の出演はこれでおしまいでした。12月っていうのは音楽家にとっては忙しいはずなんだけどね、今年はヒマでした。来年は10回くらい第九が歌えたらいいんだけどなぁ。コンサートはもう全部終わったけど、年末にリハーサルはまだあります。この1年はあちこちでよく歌ったと思います。歌わせていただいた。どれもが本当に楽しかった。

で、いま割とヒマなぼくはなにをしているかというと、ここぞとばかりに練習をしているわけです。毎日。宮崎県立芸術劇場の練習室は安くてとても助かります。4時間で1510円。ピアノ込。きょう、受付のお姉さんにこの10円はなんですか?と聞いたら、ピアノ代が510円で、部屋代は1000円なんだって。つまり、ピアノを使わなければ4時間で1000円。東京でもスタジオを借りるけど、1時間で1000円切るところはないかなぁ、と思う。時は金なりで、いつも限られた時間を大切に、効率よく練習します。ふだん恵まれた環境(=いつでも練習できる部屋がある)に支えられているという、小さくて大きい気づきの一例。感謝。

いまは来年4月くらいまでのコンサートのプログラムの練習をしているのだけれど、今日はダウランド、パーセル、モーツァルト、シューベルトの譜読みをして、缶コーヒーを飲んだあとにようやくブラームスに手をつけられた。ブラームスカッケー。惚れた。毎回たった2時間のコンサートに出るためのこの膨大な時間をかけた孤独な準備は、そのコンサートが終わったあとも血となり肉となるのでしょう。

【おしらせ】
発売中の「音楽の友」2014年1月号、34-35ページに日生劇場「リア」の高評、138-139ページに「ムジカーザ」でのレポートとインタビューが載っています。振り返れば充実した11月でした。よろしければごらんください。

冬ウィーン。

ウィーンにいます。
今回はたった1週間の滞在。時差ぼけの早起きを利用して一日を有効に使うのである。ずいぶん寒いです。それが何度かなんて気にしない。寒いことで、季節はめぐり、時は流れ、歳をとっていることを実感する。そんなかんじ。
さすがにこれだけ滞在が短いと、友だちに会ってゆっくり話す、とかそういう用事はほとんど入れられないのだけれど、会うべきひとには結局道の上でばったり会ったりするのですね。ぼくにとってはそれがウィーン。
世の中の多くのことで、たとえば過去にうまくいかなかったことなんかも、時間が解決するのかもしれない。それが積み重なって季節がめぐり、歳をとっていくのでしょう。そしてそれは経験として振り返られることになるのでしょう。
とにもかくにも、やはりこの地でこういう時間がとれることはとても大切なことだし、たった1週間をこの先数ヶ月の心身の貯金にできるような、そういう日々を過ごしています。
それは音楽的な準備であったり、これまでずっと頭の中で気になっていたことを整理して体勢を整えることであったり、身体や声が忘れかけていたことの確認であったり。いくつかの決意もしました。こういう機会をとれる環境にあること、その環境を支えてくれているひとたちに感謝します。

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世界の客席から。
この日は、ウィーン国立歌劇場バレエ団専属ピアニストの滝澤志野さんの応援でした。すぐに日本でお会いしましょう。

12月14日 (土)18:30 延岡総合文化センター(宮崎)詳細

ご挨拶。

12月1日付で、株式会社AMATI(アマティ)の所属アーティストになりました。

本日以降、日本国内における私のすべての演奏活動のマネジメントを引き受けていただくことになります。今年の春に話し合いの場をいただいたとき「音楽事務所と所属アーティストとの関係は、結婚のようなものだと思います」という言葉から、ほんとうの音楽を広く世の中におくりだすという、シンプルで一番大事な理想を長い目で実現できる、オーディエンス、主催者、アーティストのすべてを大切にする音楽事務所であると確信したのを覚えています。
ご縁があり、国際的に活動するアーティストの一員として、私も新しく仲間に迎え入れていただけたことをとても嬉しく思っています。


*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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