2015年3月アーカイブ

ハーフハーフ。

昼と夜がハーフハーフであった。緯度のこともあるだろう、厳密にそうでないとしても、きょうを境に、夏至にむけて昼のほうが長くなっていくという感覚はある。ウィーンは春だ。まっさかりでないにしても、十分春だ。カフェが路上に席を出し始めた。人々は道の上でお茶をしはじめた。

わたくしは部屋の中でドイツ語の歌詞を味わっている。ベートーヴェンが、マーラーが、この街で曲をつけた言葉の数々を、1小節ごとに味わいながら、つまり何度も歌いながら、カラダの中に入れている。彼らが曲をつけるほど影響を受けた詩に、彼らがのせたメロディーをあて、何度も食べて消化をする。本番よりも、リハーサルよりも、好きな作業かもしれない。もちろん人前に出さなければ、この時点ではまったく"食えない"フェーズではあるけれど。

ぼくのリサイタルのプログラミングは、大いにヴンダリッヒに影響されている。伝説のテノール。テノール歌手を目指し、テノール歌手として生きた15年間。いつかヴンダリッヒのように歌いたいと思って聴いていた曲たちを、最近無意識に選んでいるようだ。久々に彼の録音を聴いてそう思った。

ドイツ語の歌を時間をかけて勉強していて、自分がドイツ語が話せない歌手であったらどうだったであろうか、と考える。それならば日本人は日本語の歌であればうまく歌えるのか、という論点になり得るので、結論は自分の中においておこう。

経営学にマーケティング・ミックスという概念があり、その要素として"4つのP"がある。プロダクト、プライス、プレイス(ディストリビューション)、プロモーション(コミュニケーション)。特に文化マーケティングにおいて重要なことは、チームがミッションとゴールを明確にして全体で共有し、4つのPを相互作用させることである。

いずれにせよ、ずっと変わらないものなんてほとんど存在せず、ひとは様々な変化に対応して生きていかなければならない。そのような思いを新たにしたハーフハーフの日でもあった。

わたくしも意外といろんなことをいっぺんに考えながら暮らしているのです。
36歳で天に召されたヴンダリッヒの歌の輝きは永遠だけれど。

お甲斐りなさい。

ちょっと前、ひな祭りの頃、ウィーンで甲斐栄次郎さんに再会した。ウィーン国立歌劇場での出演を客席で見守り、その度に楽屋にも顔を出し、あるときは出演中のパブリックビューイング(寒空)を彼のホームビデオで録画する係りを頼まれ、またあるときは動物園にも一緒に遊びに行ったりした、同じ時間、同じ時代を過ごした頃のままに、穏やかに話すことができた。ちょうどその日ぼくはそのオペラ座でコーチングがあったので、一緒に楽屋口をくぐった。その劇場に10年も居た彼とすれ違うひとたちは、守衛さんも、歌手も、スタッフも、みんなフレンドリーにエイジロウに挨拶をしていた。甲斐栄次郎というオペラ歌手がウィーンで愛されていた証拠だと思って誇らしかった。

数日前、平野和さんがフィガロ役で主演した「フィガロの結婚」をフォルクスオーパーで観た。彼がフォルクスオーパーで歌い始めた頃にぼくもウィーンに留学した。それから彼の演じるいろいろな役をみてきたけれど、ウィーンのフォルクスオーパーが、ウィーンの作曲家といえるモーツァルトのオペラの新制作の主役を、しかもドイツ語での上演を、日本人の彼に任せた重みと、彼が劇場から得てきたそれほどの信頼が、どれだけ日本に伝わっているだろうか。カーテンコールで一番最後に出てきて喝采を受けたヤスシ君の姿をまた誇らしくみながら、そんなことを考えていた。

ヨーロッパでオペラ歌手になりたいと夢みはじめた10年以上前、旅行や短期留学でヨーロッパに来ては、オペラハウスの立ち見席に通った。海外でオペラ歌手として働くということがどういうことかを最初に教えてくれたのは、新国立劇場でのデビューのときに共演した中嶋彰子さんだったし、イタリアでは、中島康晴さんの出演を追いかけた。これまでに一度だけ訪れたニューヨークでは本当に偶然に、まだ知り合っていなかった森谷真理さんのデビューも観た。日本人がソリストとして舞台に立っている姿をみて、いつか自分も、と思っていたのだった。世界で歌う日本人になりたかった。

10年くらい経って、ぼくがボローニャ歌劇場で歌っていた時、公演後に楽屋口で待っていてくれた日本人のひとたちが何人もいた。日本人として誇りに思う、と言ってくれた同業者の人もいた。その頃には、自分がその姿を目指したように、どこかで観ているかもしれない、あとに続くひとたちにも何かを残す舞台姿でなければいけないな、と心のどこかでは思うようになっていた。海外でも、日本でもね。

そろそろ、今までの経験を伝えたり、教えたりする役割も少しずつ果たさないといけないな、と考えているのです。声楽をはじめてからずっと長い間、音楽は教わるものだった。自分の中に、だれかの将来のために役に立ちそうなものが貯まってきたかな、と最近ようやく思うようになりました。

高校生のころに声楽を教わっていた西義一先生が、「自分はこのメソッドにたどり着くのにずいぶん時間もかかったけれど、たどりついたその方法をすぐにきみに教えることにやぶさかではない」とおっしゃっていたのをよく覚えている。そのときはわかったようでわかってなかったけれど、いまならわかるかな。人生の事情はひとそれぞれにあって、すごく才能があったりすごくやる気があっても、挑戦できる時間は限られているから。その西先生が、年始のTV放送を観て、送ってくださったメールも嬉しかった。

生徒や後輩のために存在する先生や先輩になりたいものです。
トッパンホールでのランチタイムコンサートの予約が開始されました。ハガキでの申込みですが、入場無料です。コチラから詳細をご確認の上、ぜひご応募ください。締め切りは4月2日です。

トッパンホールへは2012年以来の登場になります。といっても、そのときはホールの主催コンサートではなくて、日本音楽コンクールの第1、第2予選の会場でした。舞台用の黒服で街を歩くにはまだ暑い日でした。なに歌ったんだっけな。あー思い出した。1次はモーツァルトとヴォーン=ウィリアムズ、2次はヴォーン=ウィリアムズとドビュッシー。新しい道を作ろうともがいていた懐かしいあの日々を思い出すと、3年経って主催公演に呼んでもらえるようになってよかったなぁ、としみじみします。感謝。今でも毎日もがいてるけれど。

入魂のオール・ウィーン・プログラム。東京の真ん中(飯田橋)で愛をさけびます。
ピアノはおなじみ松本和将さん。言わずと知れた、一番古い音楽仲間ですが、東京のホールでは久しぶりの共演です。年月を経たわたくしたちの組み合わせにもご期待ください。お待ちしています。


「ウィーンからのラヴレター」

 

・ひそやかな誘い Op.27-3R.シュトラウス 1894

Heimliche Aufforderung (R.Strauss)

 

・永遠の愛について Op.43-1(ブラームス 1864) 

Von Ewiger Liebe (J.Brahms)

 

・美しいトランペットが鳴り響くところ「子どもの不思議な角笛」(マーラー 1898

Wo die schönen Trompeten blasen (G.Mahler)

 

・連作歌曲集「遥かなる恋人に」Op.98(ベートーヴェン 1816

An die ferne Geliebte (L.v.Beethoven)

 

藤木大地(カウンターテナー)

松本和将(ピアノ)


4月23日(木)  12:15 トッパンホール(東京)詳細 

カフェ・モンタージュ。

モンタージュ。
聞いたことがあるけれど意味がちゃんとはわからない言葉のうちのひとつである。わたくしは知っている。「組み立て」だ。20代、オペラ座の裏方の仕事をしていたとき、舞台セットの組み立てプロセスがモンタージュと呼ばれていたからだ。いばってません。

12月の京都モノオペラで大変助けてもらい、「すぐメールしますから!」と抱き合って極寒の烏丸通で感動のお別れをしたピアニストの中村圭介さんが、2月にようやくメールをくれた。京都でリサイタルをしませんか、フジキとまた演奏をしたいから、という内容だった。おれの心に火がついた。関西はこれまでほとんど縁がなく、オーケストラやホールから呼んでもらえないとなかなか演奏にいく機会がない。ないのなら作ってみようほととぎすだ。おれの心に火がついたのだ。おれだって、おれと演奏したいと言ってくれるひとと演りたいのだ。気持ちがよいのだ。

早速、(中村さんにまためちゃくちゃ助けてもらって)、
11月7日に青山記念音楽館バロックザールでリサイタルをすることにした。下線をひいた。8年ぶりの自主企画、つまり自分が主催者である。赤字が出たらかぶるのである。
(公財)青山財団助成公演としての申請をさせていただいた。また下線をひいた。200席。関西にまだまだ馴染みのうすいわたくしの歌を聴きにきてくださる方々がどれほどいらっしゃるのか。

縁がないなら作ろうじゃないか。(中村さんがいろいろ教えてくれて)、われわれの船は"京都の街中の小さな劇場"カフェ・モンタージュにたどり着いた。そして、まだお会いしたことのないオーナーの高田伸也さんとのメールでのやりとりを経て、かの地でもリサイタルをさせていただけることになった。

カフェ・モンタージュへの初登場、本日より予約開始となりました。プログラムはマーラーとベートーヴェン。
40席限定です。お早めにコチラよりご予約ください。

先週のウィーンでの実験的演奏会しかり、京都での企画もしかり、自分であれこれ考えながら気を遣いながらやってみると、普段いかにまわりのみなさんにサポートしていただいているかを実感するのである。わたくしはいつでも調子にのれるから、この気づきは必要であった。あんまり成長してないことにも気づいたけど。

ご縁を組み立てよう。ないものは作ってみよう。

おれの心に火をつけた中村さんありがとう。
わたくしに歌わせてくださる高田さんありがとう。
そうだまた京都いくぜ。

4月17日(金)20:00 カフェ・モンタージュ(京都)詳細

実験的演奏会。

ゆうべウィーンで実験的演奏会をしました。
ソプラノの森谷真理さんと。彼女との縁でダブリンやアイルランドで何度も演奏させてもらったけど、そういえばそれ以外の地で共演したことはほとんどなかった。とりあえず、デュエットを何曲も本番でやってみて、録音、録画してみよう、と。なんならソロの曲もまだ人前に出してないやつをやってみよう、と真理ちゃんと企画。ホールを借りて、ピアニストをお願いして、録音技師をお願いして、リハスケジュールを決めて、集客するのかしないのか、最後まで相談して。ふだんの出演ではまわりの皆さんのサポートで演奏に集中させていただいているわたくしにとっては、改めて多くのひとに感謝をする機会となりました。結局ほぼ非公開でやったけれど、当日のサポートを、ウィーンで仲良くしてもらっている後輩たちが連携プレーで完璧に手伝ってくれて、とても助かった。ありがとう。
ピアノは日生劇場の「リア」でプロンプターをやっていた指揮者の中村瑛くん。映像ができあがってきたら、またご紹介します。今日はプログラムのみごらんください。
ソプラノとカウンターテナーのオペラ・デュオコンサート、ご興味のあるご主催者の皆様はぜひご連絡くださいね。日本でもやりましょうよ。

Mari Moriya (Soprano) & Daichi Fujiki (Countertenor)

"Experimental Duo Concert"

on Friday 13th March, 19:00

at Johans Klaviersalon (Paniglgasse 5, 1040 Wien)

Soprano: Mari Moriya
Countertenor: Daichi Fujiki
Piano: Akira Nakamura

Program

-V'adoro pupille "Giulio Cesare" Händel   (Moriya)
-Pompe vane di morte 〜 Dove sei, amato bene? "Rodelinda" Händel   (Fujiki)

-Welcher Wechsel herrscht in meiner Seele "Die Entführung aus dem Serail" Mozart  (Moriya)
-Come ti piace imponi "La clemenza di Tito"  Mozart (Fujiki, Moriya)

-Giorno d'orrore "Semiramide" Rossini  (Fujiki, Moriya)
-Ah! quel giorno ognor rammento  "Semiramide" Rossini (Fujiki)
-Bel raggio lusinghier "Semiramide"  Rossini (Moriya)

-Dawn, still darkness "Flight" Jonathan Dove (Fujiki)
-Heimliche Aufforderung R.Strauss (Fujiki)

-Belle nuit ô nuit d'amour  "Les contes d'Hoffmann" Offenbach  (Moriya, Fujiki)
-Abends will ich schlafen gehen  "Hänsel und Gretel"   Humperdinck (Moriya, Fujiki)

*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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