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世界初演は成功した。

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12月20日、京都。江戸川乱歩原作、モノオペラ「ひとでなしの恋」世界初演。これまでほとんど縁のなかった土地に延べ20日以上滞在し、音楽作品を創る。アーティスト・イン・レジデンスの形だったと思う。結果的に。誤解を恐れずにいうと、ぼくだけが遠くから来るゲスト、あとの共演者や演奏者やスタッフは全員京都か関西ベースのみなさん、大変温かく仲間に迎えいれてくださって嬉しかった。劇場の専属歌手ではないぼくにとっては、オペラを演るときはいつも客演だから、そこはいつもの形ではあった。迎えてくださったみなさんの全員が顔合わせ初日からフレンドリーで、ぼくが声や言葉や体やその他で表現することに高い興味を持ってくれたのがずっとありがたかった。

夏頃、わりと突然にこのオファーがきたとき「もしフジキがこの話を引き受けたら、このオペラはフジキのために作曲してくださるそうだ」というお話だった。まずもってその申し出がとにかく魅力的だった。おれのためにオペラを書いてもらえる!?、そんな話があるのだろうか、と思って、勝手に自分から口説きおとされた。もちろんプロダクション自体はフジキのためではないのだけれど、送られてきた楽譜を勉強し、曲を歌い込むにつれ、作曲家の増田真結(ますだまゆ)さんは、確かにわたくしのために書いてくださったようだった。わたくしの声域を理解し、音源を聴きこみ、どの声域でどの色が出るのか、その中で特にどこがより魅力的なのか、そのあたりを研究し尽くした楽譜だった。なので、それなりに長い稽古期間、声に無理な負担をかけることなく過ごすことができた。無理のない音域で書かれているからだった。ついにオペラを書いてもらった!そのことがこのプロダクションで最初に嬉しかった。

演出家の山口茜さんは、一度も怒らずにまずはなんでも好きなようにやらせてくれた。共演者のダンサーの松尾恵美さんも、なんでもやらせてくれた。だから自由に動けた。とか言うとまるでわたくしがプリマドンナみたいだけれど、とにかく世界初演、新演出、音楽も芝居も、なんかやってみて、やりながらみんなで世界を創っていく作業だった。

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指揮者がいない公演で、ピアノの中村圭介さんはとにかく助けてくれた。邦楽の中川佳代子さんと打楽器の上中あさみさんとは音楽で話した。舞台監督のさかいまおさんはいつも全てを俯瞰しているとてもバランスのとれた人だった。照明の茜さんと音響&舞台スタッフの皆さんは、一晩の夢の世界をつくるために打ち上げにも参加できずに準備と後片付けを担当してくれた。主催の京都芸術センターのみなさんは、新しいものをとにかく創ってみることに好奇心と情熱を注いでくださった。衣装作家の南野詩恵さんには、ぜひこんどコンサート用の衣装を一枚作ってもらおうと思っている。

ありがとう、京都。
またやりましょう。次やるときは世界初演じゃないよ。

今年ふたつめの大入り袋。満席の客席に感謝。
ひとつめのと一緒に、お守りにしていつも持ち歩きます。

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12月20日(土)18:00 京都芸術センター(京都)詳細

作曲家。

2014年もあっという間にクリスマスである。街のクリスマスソングにポジティブに親近感のないきょうこの頃、京都産新作オペラの世界初演にむけた稽古も佳境であります。どのくらい佳境かというと、しあさってが本番であります。京都にはこのオペラのために11月から3回通いました。新幹線にあまり乗る機会のないわたくしが、車内販売のホットコーヒーの値段を覚えるくらい新幹線に乗りました。310円であります。

オペラのたびに毎回書いている気がするけれど、オペラの本番が近づくということは、つまり別れの準備であります。土地との別れ、仲間との別れ。今回のプロダクションのカンパニーはとても小さい。歌手ひとり(わたくし)、ダンサーひとり、演奏チーム(ピアニスト、箏&三絃&地唄、打楽器)、戯曲家兼演出家ひとり、作曲家ひとり、舞台チーム(舞台監督、照明、衣装)、制作チーム、合計20人くらいかな。オペラのカンパニーだと最小ユニットの部類だと思う。だからアットホームだし、対話も多い。食事も何回も付き合ってもらった。おばんざいばんざいである。こんな小さいカンパニーでも、公演がおわったらもう全員揃うことはない。たぶん。だから、この空気は一生のうちのあと3日なんだよね、と考えると1日の重みも増すわけです。

その増田真結さん(京都オペラの作曲家)にしても、先日観た井上芳雄さん主演の東宝ミュージカル「モーツァルト!」(たぶん改めて書きます)に出てくるモーツァルトさんにしても、最近はリアルな作曲家の存在にわたくしのフォーカスが当たっています。かつて音楽室の壁に飾られた歴史上の人物が作曲した、教科書に載っている歌曲をカタカナ読みでどうにかリズム通りにできるだけいい声でできるだけ感情豊かに歌っていた時分を考えると(それはもちろん必要なプロセスだった)、いやいや、おれからみたらモーツァルトは歴史かもしれないけど当時のひとから見たら同時代で、いま自分がやっていることはただ歴史が繰り返しているだけのことなのだ、というその気づきは計り知れない破壊力で、そんな気づきを与えてくれている作曲家や公演、いただいた機会をとりまく皆さんひとりひとりに感謝しているのです。


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土曜日、京都でお会いしましょう。

12月20日(土)18:00 京都芸術センター(京都)詳細
おおみそか、紅白と第九と東急を交互に観ながら、NHKホールでけー、生放送こえー、とビビりながら年を越しました。

これまで、ニューイヤーオペラに出る歌手はいったいどんな正月を過ごすのだろうかと思っていたけれど、やってみたらわかりました。

多くの人に支えられてみんなの前でうたを歌えるなんて、本当に幸せな人生ですね。感謝。今年もよろしくお願いいたします。

NHKニューイヤーオペラコンサートは本日、1月3日19時より、NHK-Eテレで生放送です。よろしければごらんください。

さらばエドガー。

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今年出演した3本のオペラの中で、今月初旬の日生劇場「リア」は一番むずかしい作品だった。でも、とてもやりがいがあった。すごい達成感も得た。シェイクスピアのドラマと、ライマンさんの音楽と、それがあるべき姿で結びつき、演じられたとき、凄まじい効果が生まれた。そこにたどり着くまでの山は高かった。オンステージ、オフステージにかかわらず、このプロダクションに関わったどの人にとっても高い山だったと思う。だからこそ、誰もわざわざ口には出さなかったけど、みんなが「同志」だった。東京での最初の音楽リハーサルに行ったとき、相手役の先輩歌手の方のあまりに書き込まれた楽譜をみて、確信した。その最初のリハーサルを迎えるまでに、どの音楽家も同じ思いをして、長い時間をかけて、この作品に向かい合ったのだ。そこから稽古がはじまり、公演を迎えた。それまでの本気を出しても登れない山だったから、みんな本気以上の力を出すしかなかったのだ。だから公演はすばらしい成功に終わり、日本のオペラ史に残る公演となった。たしかにぼくはシングルキャストで、稽古も公演も連日で大変ですね、といろいろな方に気遣っていただいたけれど、楽しくて仕方なかったし、全公演に出演できて嬉しかった。この作品のエドガーの役は日本中で自分にしかできない仕事なのだ、と思って取り組んだし、そもそも自分にしかできないことが世の中にあるということが幸せだと思うのです。このプロダクションが終わってしまってとてもさびしい。もしこのプロダクションでお世話になったみなさんでこのページをご覧になる方がいらっしゃったとしたら、改めて心からお礼をお伝えしたいと思います。
この役は、またいつか、世界のどこかの劇場で演れたらいいな。


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作曲家ライマンさんと。Danke!

今週はリア公演。

オペラ「リア」日本初演が今週にせまりました。いま、このプロダクションに関わっている多くのひとが言っているように、きっと歴史的公演になるでしょう。オペラが好きなひとも興味のないひとも、現代音楽が好きなひとも苦手なひとも、シェイクスピアが好きなひともあまり知らないひとも、だまされたと思って劇場で「体験」してほしい。一生心に残る体験になると思います。何百人ものプロのオトナが本気以上のものを出して創りあげる作品の、その一員であることをぼくは誇りに思います。

このオペラの作曲家のライマンさんも来日して、ずっとリハを聴いています。休憩ごとにぼくは衣装をきたまま客席の彼のところに言って、さっきの自分の演奏はどうだったかきくわけです。すると彼はうれしそうに親指を立ててくれたあと、「あのコロラトゥーラはもっとこう歌ってほしい」「このフレーズはそんなにセンチメンタルじゃないんだ」と、彼がこのオペラをこう作曲した意図を教えてくれるわけです。

つまりオペラは、モーツァルトもヴェルディもプッチーニも、彼らが生きているときはきっとこう作られてきたはずなんだね。彼らもオケピットや客席にいて、指揮者や歌手、オーケストラに彼らの意図を伝えながら演奏を仕上げていき、公演をしたはず。

ぼくはひとつの新しい歴史の中にいる気がします。


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11月8日(金)18:30 日生劇場(東京)
11月9日(土)14:00 同上
11月10日 (日)14:00   同上

日生劇場にはいりました。

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人生初日生劇場の舞台。セットが組まれたステージと、リハーサル中で関係者しかいない客席にはすでに一体感がありました。もっといろいろと書きたいこともあるのですが、オレは寝なければならぬ。

10/31付宮崎日日新聞「音楽の窓」欄に9/8宮崎リサイタルのレビューが掲載されたそうです。それから、発売中の「音楽の友11月号」155ページには9/7の東京リサイタルのレビューが掲載されています。よろしければごらんください。

ちゃお。

11月8日(金)18:30 日生劇場(東京)
11月9日(土)14:00 同上
11月10日 (日)14:00   同上

デイリー・リア王。

11月に日生劇場で3公演出演する日本初演のオペラ「リア」の立ち稽古も佳境を迎えています。寝てもさめてもオペラとはこのことで、いちどオペラのプロダクションの期間に入ると、日中はずっと稽古、夢にまでその音楽が登場するのです。特に今回のように音楽が現代モノだと、あのフレーズは何拍目で入るんだっけ、2拍目だっけ3拍目だっけ、という悪夢をみるのだ。

オペラのリハーサルは、日本では相撲のように「稽古」と呼ばれ、リハーサル場は稽古場(ケイコバ)と呼ばれる。本番と同じサイズのセットが組まれたその稽古場である程度仕上げてから、稽古のプロセスは公演会場である劇場に移るのだけど、いまはケイコバでのケイコがほぼ終わりかけた状況です。

つまり今日まで1ヶ月くらいそのケイコバにほぼ毎日通い、昼から夜までケイコをしてきたのである。春に出演したボローニャ歌劇場でのオペラたちは大体2週間くらいの稽古で初日を迎えたので、イタリアではオールシングルキャストであったこと、ニュープロダクション(新演出)ではなかったことを差し引いても、日本のオペラにはずいぶん時間と労力がかけられていると思う。
この時間と労力を、たった3公演で昇華させるわけだから、そのエネルギーのかたまりのような仕事をぜひ観ていただきたいと思うのです。

オペラの現場はとても楽しいのです。毎日ケイコバにいけばいつもの人たちに会えるし、歌手も音楽スタッフも演出スタッフも舞台スタッフも技術スタッフも衣裳スタッフもヘアメイクスタッフも制作スタッフも、そしてきっとオーケストラのみなさんも、オペラという一大舞台芸術に関わるプロフェッショナルがみんな、公演の成功という同じ目標を向いている。それが1ヶ月以上続くとファミリーのようになるのですね。
それで、最後の公演が終わった翌日からはもう誰にも会わなくなる。ケイコが佳境になってくると、ぼくはその別れもそろそろ意識しはじめます。もう二度とこのメンバーがそろってオペラを創ることはない、という一期一会感が集中力と愛着を生むのです。

PRの目的とは矛盾するように難しい難しいと書いてきたこの「リア」というオペラは、35年前にバリトンのフィッシャー=ディースカウ氏の求めで作曲家ライマン氏の書いたオペラで、ヴェルディも書かなかったシェイクスピアの「リア王」を題材にしています。難しいよ、確かに。けれど、音楽とドラマがうまくかみあったときにものすごく劇的な効果を生む名作であると思う。ひとりであー難しい難しいうーと思いながら勉強していたときにはわからなかったことが、稽古を重ねることでいまはわかり始めてきたので、がぜん面白くなってきた。
初めてこの作品に接する人には(日本初演だからほとんどの人にとって初めてだと思うけれど)、シェイクスピア×ライマン×オールジャパンキャスト&スタッフのエネルギーで、きっと心をえぐられるような体験になるでしょう。ぼくも重要な役を歌います。日生劇場でお待ちしています。


11月8日(金)18:30 日生劇場(東京)
11月9日(土)14:00 同上
11月10日 (日)14:00   同上

つぎの10年へ。

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日曜日の千葉でのコンサートは、榎本潤さんと、J.スコラーズ(合唱団)のみなさんとの共演でした。榎本さんとの共演がたのしいのは、リハーサルで作り練り上げたものそのままを出すというよりは、リハでは最小限のことをお互いで確認しておいて、本番でその日の音楽を創り上げるという感覚があるからだと思います。共演者のタイプにもよると思うのだけれど、ぼくはどっちも好き。もちろんその前に演奏する曲をしっかり自分自身で消化できていることが大前提だけど。

2013年10日10日は、10周年でした。
2003年のきょう、はじめて新国立劇場にソロで歌うオペラ歌手として出演しました。演し物はモーツァルト「フィガロの結婚」。この10年間、毎シーズンオペラに出ていたわけではないし、テノールからカウンターテナーへの転向もあったけど、とにかく節目ということで。いまは東京で、11月に出演する日生劇場オペラ「リア」のリハーサルの日々です。ほぼこの夏を全部使って勉強したこのオペラの音楽は、モーツァルトではなく1936年生まれのライマンさんが書いたもので、いわゆる「現代モノ」なのだけれど、音楽にはね、勉強に時間を費やした分、難しい難しいと覚悟していたものには慣れてきたと思う。ドラマがね、もちろん原作はシェイクスピアの「リア王」で、この悲劇がとにかく重いわけです。だから立ち稽古という演出をつけるリハーサルになって、一日中リハやっているわけじゃないんですよ、だけどね、役柄を演じようとドラマに入りこむほどに悲劇すぎて心が重い、ウワサの音楽も悲劇的に重い、そんな日々の疲労感なのである。
ありがとうこの10年。10年経ったけど、まだオペラ歌手でいられました。
よかった。
リンク先は6月にボローニャ歌劇場で出演した「イタリア式離婚狂想曲」の、イタリア国営放送での30分の特集番組です。16'40"から18'20"あたりでぼくも歌っています。よろしければごらんください。
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いつ伝えようかと思ってたけどいま伝えます。1週間くらいまえのリハのとき、同僚のイタリア人歌手たちが客席に座っていて、彼らだけで話してるのがなんとなく聞こえてたわけ。そしたら"この劇場で昔歌ったあの日本人テノールは本当すばらしかったよね、なんて名前だっけ、あぁ、タロー・イチハラ"。もうぼくは日本人として、イチハラさんにひたすら憧れた元テノールとして、大変誇らしくうれしい気分になりました。そのあとはもちろん話に加わったんだけど、それは89年か90年の仮面舞踏会だったそうです。そんなに時間が経っても彼らの記憶にずっと残っている日本人歌手がいるのです。4月にここにきてから、とにかくいつでもベストでいることに精一杯で、仕事を楽しむ余裕なんてあんまりなかったんだけど、ぼくがここで歌えるのはやっぱりとても光栄なことだし、またこの劇場に戻ってこれるかなんてわからないわけなので、あと6回の公演を一生の思い出だと思って、できるだけ楽しもうと思っているのです。じゃ、初日です。いってきます。
(6月11日)

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マエストロはぼくのひげをいじるほどにご機嫌です。無事初日も開け、翌日もやり、デイリー公演は進行しています。コンテンポラリーなオペラを振る指揮者は本当に大変だとおもう。歌手のことケアしてないとみんな落ちるし、でもオケにも細かく指示だしつづけないといけないし、だいたいオケ多いし、ぼくには名前のわからない変な音のでる楽器あるし。そんな作品をこれまで一回もいらいらすることなく忍耐強く指揮して、みんなをのせていくダニエルはすごいとおもう。しばらく"マエストロ"と呼んでたけど"ダイチ、おれダニエルだから、よろしく"みたいに、偉い人のほうからあるときタメ口が許可されるのです。ずっとされないときもあるけど。

ところでぼくがイタリアに来てから百万回くらい聞かれてる質問はなんだと思いますか。正解は、"おまえは日本のどこ出身だ?"である。ぼくは毎回、"南"と答えるのだが、"南のどこだ?"と言われるのである。そのあとは"それで日本はいまどうなんだ"と。つまり彼らはそれを知りたいのだ。この劇場は何度も日本公演をしているし、日本に行ったことがあるスタッフも歌手もとても多いので、彼らはいかに日本で楽しい時間を過ごしたか、いかに日本文化に尊敬しているか、いかに寿司が食いたいか、ぼくに一生懸命語ってくれるのである。そして日本のいまを心配してくれているのである。これも伝えたいと思っていました。ありがとう、ぼくもイタリア好きだよ。
テレビのニュースの中の見切れそうなサンチョパンサぼくです。きょうもそろそろ出かけます。オペラに出ることが生活の一部になってきました。ぼくはこの生活はたった2ヶ月だけど、専属歌手のみんなとか劇団四季のみなさんはコレ年間通してやってるわけですよね。本当にすごいと思う。日曜日に最後の公演がおわるとき、ぼくはさみしいんだろうね。いまは寿司が食いたすぎてまだ全然だけど。
(6月13日)

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美しいボローニャ。
世界で一番お気に入りの場所のひとつからの景色。
ここ街でのことは一生わすれないだろう。
公演はあと1日。
(6月15日)

外を通りがかったら、みんな仕事していたので手をふった。劇場の搬入口。
2ヶ月もいたらすっかり劇場のスタッフとも仲良くなれた。


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仲間。

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マウリツィオはみんなにお菓子を作ってきてくれた。

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メイクのクリスティアーナ

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衣装のエレナ。

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ピアニストのステファノ。

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ひげと髪のデボラ。

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けっこう大変なオペラでした。「イタリア式離婚狂想曲」。

そのオペラを作ったひと。バッティステッリさん。


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指揮者、ダニエル。

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みんなのおかげで6回もボローニャのカルメロ・パタネになれました。

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ありがとう、ひげ。

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ありがとう、衣装。

ありがとう、ボローニャ歌劇場。


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やっとオペラ歌手になれたかな。
(6月17日)


非公式ですが、試聴はこちらでできます。

バッティステッリ:「イタリア式離婚狂想曲」より その1 その2
(2013年6月 ボローニャ歌劇場)

6月11日(火)20:00 ボローニャ歌劇場(イタリア)詳細
6月12日(水)20:00 同上
6月13日(木)20:00 同上
6月14日(金)20:00 同上
6月15日(土)18:00 同上
6月16日(日)15:30 同上

*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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