日々の事の最近のブログ記事

ハーフハーフ。

昼と夜がハーフハーフであった。緯度のこともあるだろう、厳密にそうでないとしても、きょうを境に、夏至にむけて昼のほうが長くなっていくという感覚はある。ウィーンは春だ。まっさかりでないにしても、十分春だ。カフェが路上に席を出し始めた。人々は道の上でお茶をしはじめた。

わたくしは部屋の中でドイツ語の歌詞を味わっている。ベートーヴェンが、マーラーが、この街で曲をつけた言葉の数々を、1小節ごとに味わいながら、つまり何度も歌いながら、カラダの中に入れている。彼らが曲をつけるほど影響を受けた詩に、彼らがのせたメロディーをあて、何度も食べて消化をする。本番よりも、リハーサルよりも、好きな作業かもしれない。もちろん人前に出さなければ、この時点ではまったく"食えない"フェーズではあるけれど。

ぼくのリサイタルのプログラミングは、大いにヴンダリッヒに影響されている。伝説のテノール。テノール歌手を目指し、テノール歌手として生きた15年間。いつかヴンダリッヒのように歌いたいと思って聴いていた曲たちを、最近無意識に選んでいるようだ。久々に彼の録音を聴いてそう思った。

ドイツ語の歌を時間をかけて勉強していて、自分がドイツ語が話せない歌手であったらどうだったであろうか、と考える。それならば日本人は日本語の歌であればうまく歌えるのか、という論点になり得るので、結論は自分の中においておこう。

経営学にマーケティング・ミックスという概念があり、その要素として"4つのP"がある。プロダクト、プライス、プレイス(ディストリビューション)、プロモーション(コミュニケーション)。特に文化マーケティングにおいて重要なことは、チームがミッションとゴールを明確にして全体で共有し、4つのPを相互作用させることである。

いずれにせよ、ずっと変わらないものなんてほとんど存在せず、ひとは様々な変化に対応して生きていかなければならない。そのような思いを新たにしたハーフハーフの日でもあった。

わたくしも意外といろんなことをいっぺんに考えながら暮らしているのです。
36歳で天に召されたヴンダリッヒの歌の輝きは永遠だけれど。

晴れてる。

天気があればー、なんでもできるー、いーち、にー、さーん、という気分である。

マタイ受難曲(全部で3時間)を1日に2回聴きながら机に向かい、それ以外の時間はウィーンで暮らした作曲家の楽譜に向かい、1日に2回か3回キッチンにも向かい、あと何に向かってるかな、わからん。未来の話をするのはたのしい。おそれや不安もあるけれど。

というかんじで何回めかのウィーンの3月を迎えます。

ベートーヴェンの歌は、ベートーヴェンの住んでいた家にいって、ベートーヴェンの愛した風景の中を散歩して、わかることが沢山ある。オペレッタの「こうもり」は、フォルクスオーパーでお客さんがゲラゲラ笑っているのをみて、わかることが沢山ある。歴史上の人物や偉大な作品がようやく等身大で感じられるようになったような気がする。歌詞を、役を、演じることにバカの壁がなくなった気がする。一生の財産である。

春だぜ。


ヘンデル「オンブラ・マイ・フ」(オーケストラ版)聴く

書かないと忘れる。

いやいや、東京→ウィーン→ミラノ→ボローニャ→フィレンツェ→ウィーン→東京→広島→東京→京都→東京、みたいなかんじでした、あれ(歌劇団ひとり)から。

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書けないもんだし、忘れるもんです。とにかく11月上旬に(再)帰国してからは、ピアノの松本和将さんとの4年ぶりのコンサート@東京、

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ギターの大萩康司さんとの東城中学校の文化祭のゲスト@広島(ウィーンの日本人学校にいた中元先生が帰任先に招いてくれた!)、

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海老澤敏先生企画でモーツァルトアリアとデュエットを7連発(ひとりあたり)したソプラノ鷲尾麻衣さんとのデュオコンサート@東京、

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わたくしのために増田真結さんが作曲してくださった新作オペラのリハーサル@京都、今週末の日本フィルとの第九のオケ合わせ@東京、、がモノによっては同日中に起こったりしてようやくきょう休めた!声!

コンサート情報などは、出演予定をごらんいただけたらありがたく存じます。写真も見てもらいたいし、エピソードも紹介したいし、相変わらず考え事はするのですが、とにかく書けないしいつのまにか忘れる!ちょっとした写真やつぶやきはどうにかオフィシャルFacebookでやってます。



毎週まったく違うプログラムでのコンサートなスケジュールは、それに向けた日々の練習の時間配分もそうだけど、なにしろのどがびっくりするので、とにかく早めの準備が勝負です。ウィーンで仕込んで帰ってきてよかった。第九、メサイア、新作オペラ、NHKニューイヤーオペラ、まだまだ続きますが、そのどれかか全部かでお目にかかりましょう!きっとこの間収録したNHK名曲アルバムももうすぐ流れるかな?
全国各地いろいろな会場で聴いてくださっているみなさま、それらのコンサートを主催したり現地で厚く歓迎してくださっているみなさま、近くから遠くから有言無言で応援してくださっているみなさま、応援メールをくださるみなさま、最高の共演者のみなさん、ぼくの日本での演奏活動を常に支えてくださっている所属事務所AMATIと担当岡部さんに心から感謝。ひとりではできない!聴いてもらえない!感謝はわすれない!だから声はでる!音楽もでる!また聴いてもらえる!サイトを運営してくれているミキさんにもいつも感謝!

歌劇団ひとり。

実は予定GUYに日本におります。急遽オファーをいただいた、NHKの「名曲アルバム」の収録のためです。曲名までもう書いていいのかわからないのでまだ書かないけれど、とても思い入れのある曲を歌います。そんな曲を名曲アルバムに加えるにあたり、その曲ならふじきだろう、と、わたくしを指名していただけて、感謝の念にたえません。本当にありがたいことです。

普段のコンサートやオペラの公演のときは、数日から数ヶ月をかけて、本番まで創り上げて行くプロセスがあります。リサイタルのときはピアニストやギタリストと、オペラやオーケストラとのコンサートならもっと大勢の音楽仲間と。ところが今回はですね、当日のみ、1時間で完結するセッションであります。これ、全然気にしていなかったけど、収録当日が近づくにつれて、過ごし方が難しくなってきた。慣れてないからね。本当に、その日その時間帯まで誰にも会わない。常にひとりで準備をしているわけです。歌劇団ひとりであります。そんな歌劇団ひとりは収録前夜、景気付けに歌劇団ひとり焼肉を遂行してみたのであります。栄養はついたけれど、景気は付いていない気がします。ひとり旅、ひとりゴハンは慣れているけど、今回はちょっとした、ソリストの孤独を感じております。なぜでしょう。やり慣れたプロセスがないからだろうな。

高校生のころ、放課後に合唱部が部活をする音楽室に隣接した小さな部屋で、わたくしは声楽とピアノの練習を独り黙々とやっていました。自分は独りで歌う人(ソリスト)になるんだ、と思っていました。合唱部全員の声より大きな声をだしてやる、とか意気がっておりました。そんなわたくしに、合唱部に所属する後輩(たぶんクボタさんという女の子だった)が言いました。「先輩、音楽の醍醐味はセッションですよ。」おっしゃる通りでした、クボタさん。はやくぼくも、この収録のために編曲されたオケの音が聴きたい。ハーモニーの中で歌いたい。

それが終わったらすぐにウィーンに戻ります。きっとまたブログは止まるでしょう。10月の件でいまのうちにひとつお知らせをします。

大学の同級生のミュージカル俳優、井上芳雄さんと夏にウィーンで会いました。何年ぶりだったかな。たぶん7年くらい。彼との出会いは高校2年生のときの声楽コンクールの全国大会だったから、ほぼ20年来の関係ということになります。その彼がこれまで何度もミュージカルの舞台で演じてきたモーツァルトの足跡をたどる番組のロケに、対談形式でちょっとだけ参加、出演させていただきました。

10代後半から20代前半にかけての芳雄君とのエピソードは書けば尽きないのだけれど、仕事でウィーンで再会できるなんてサイコーだった。以下の予定で放送されますので、よろしければごらんください。

ミュージカルとオペラ、どっちも歌だし、いつか舞台で共演したいな、と話した楽しい再会でした。

10月25日(土)19:00-20:55
BSフジ 「井上芳雄ウィーン音楽紀行〜素顔のモーツァルトを探して〜」詳細


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日本人。

午前中から頭をつかって、耳をつかって、気もちょっとつかっていたら14時ころにエネルギーが切れた。1時間くらいスマホとかいう小窓(某マエストロからお借りした最近お気に入りの単語)をながめながらごろごろして、それでもエネルギーは充填されなかった。窓から外をみたらつかの間の晴れ間がさしていたので近所のお城(!)の庭園に散歩に出かけて、日本語の情報誌を噴水とお城をみながらぼーっと読んだ。過日のコーチングを録音した自分の歌ってるベートーヴェンとマーラーをイヤフォンで聴きながら。そこの子音きこえない、とか、そこのピアノ、ピアノすぎ、とか、耳から至近距離で言われているものだから気を休めにお城に参上しているのに気は休まらない。さて家に帰って声を出すぞとコーヒーを淹れて、コーヒーメーカーが最近動かなくなったもんだからフィルターでどうにか淹れて、突然ちかぢか仕上げないといけなくなったグルックの曲を勉強していると、なんだ、来年のあのリサイタルの18曲目はやっぱりヘンデルじゃなくてグルックじゃん、といま勉強している曲とは違う曲を思いつき、日本の岡部さんにメールしたくていてもたってもいられなくなる。そこをぐっとがまんして、休憩と称してもう入れたと思っていた炊飯器のスイッチを入れる。だってその曲を入れるとしたら、おそらく初めて日本で歌われることになるのだ。だからわたくしが提出するタイトルの和訳が未来永劫、前例として使われ続ける(かもしれない)ことを念頭におかなければならない。とか考えているとゴハンが炊ける。冷蔵庫には、ゆうべのオカズの残りが残りだけにまだ残っている。それでゴハンを食べることも可能である。ところがわたしは海苔が食べたかった。外国語で言うところの海藻である。日本から持って帰ってきた五目寿司のもとをゴハンとマリアージュさせ、簡単にいためた卵とツナを太巻きにする。3年ぶりくらいに使用する我が家の巻きす。太巻きを3本巻いて、3本食べた。途中で崩壊したおにぎりみたいなものも含めて出汁醤油で。3本食べたらようやくほっとした。おれは日本人だ、あぁ。

人のマテリアルや実績をほめるときにあちこちで見かける"日本人離れした"、とか、"日本人唯一の"、という枕詞にはわたくしは常々少々違和感を覚えているのです。だって、つまり外国起源の文化のフィールドで日本人にしては割とうまくやれてる、ということでしょう。外国人には優ることができないことが前提になっている。日本人であることを捨てることなく、世界のみんなの中で優りたい。外国人の横綱に"モンゴル人離れした"、とはモンゴルではいわないでしょう。でも彼らは日本の文化に向かい合った横綱だ。海外にいても日本にいても、向かい合って磨けばそれは実現できると思います。だって、相手は外国人ではなく、文化の本質なのだ。その分野で優れていれば、ナニジンであろうが場所がどこであろうが、ちゃんとわかっている人からは認められる。磨き上げよう。太巻きを3本食べて日本語を書きなぐったらほっとしたので歌ってきます。この思考のために何キロ太ったかはしりません。

セプテンバー。

言い訳をしなければなるまい。わたくしは何度も書こうとしたのです。ところがわたくしがもはや長年お付き合いしているこのブログ氏は、わたくしが海外にいるときはどうもうまく更新させてくれないのである。あるときは難なくアップできたり、と思ったら、突如サーバーにはじかれて?アップできなかったり。日に何度も強き意思をマシーンにはじかれているうちに時間は喰われ、心は折れ、ほかにやることがあるだろう、という心の声がわたくしをブログから遠ざけておりました。
ウィーンにおります。健康です。

と、いうわけでして、ブログより比較的マメな近況アップデートは、よろしければ以下をイイネ&フォローしていただけたら、そこでのわたくしは比較的マメ男でございます。



"大作戦!"が無事におわってすぐにヨーロッパに戻りました。ドイツのハノーファー歌劇場でのオーディション、音楽祭まっさかりのイタリアのペーザロでのオーディション、シエナでのマイケル・チャンス氏との一年に一度の再会たるカウンターテナー合宿、フィレンツェ歌劇場での劇場監督タングッチ氏との対話などの旅人生と、その合間にはウィーンで秋冬シーズンの楽譜に埋もれる日々。1年後のリサイタルのプログラムに頭をひねる昼夜。あんなに輝かしく眩しかったイタリアの太陽と空は、1時間半飛んでウィーンに着いたとたんに記憶となった。
9月1日、ウィーンでは夏は売り切れていた。もしくは夏は閉店していた。

夏には多くの思考がありました。一番強く思ったことは、本当に縁のある人や土地とは、再会する運命にあるということ。かわらない空気が生まれるということ。なので、日頃から目に見えない大事か大事でないかわからないものを追い求めて、あるいはなにかをおそれて、人や物事や情報と不自然に"つながって"いなくてもいいと思うのだ。自然であればもちろんいいと思うけど、限られた時間でやるべきことは沢山ある。時は来る。時は解決する。そのほかの不必要な行為や思考に費やす時間は、有限な人生にとってより有意義なことに使えばいいと思うのです。そういった精神的な断捨離を経て、大事な時間を心身ともに大事に使おうと気持ちも新たにした、ウィーン7年目の秋。

わたくしの2014/15シーズンはしずかに開幕しております。

かえる。

成田です。これからウィーンに飛びます。かえるのか、いくのか、だんだんわからなくなってきました。いまはまだそれでいいのでしょう。12月から1月の日本でのコンサートは実に充実しました。記憶と時間があったら振り返ろうかな。そのときそのときで、ものすごく集中して音楽に埋もれ、共演者や環境に埋もれ、他のことがなにもできなくなります。だから、クリスマスも年末年始も誕生日もなかった。いまはそれでいいのだと思います。いつのまにか三四郎になりました。FJK34である。世の中はバランスでできていて、いいときも悪いときもあれば、大事なこととそうでもないことはそのときによってちがいます。とにかくいま身のまわりにあったりちょっと先に見えていることのために、いまできることを一生懸命やるしかないのですね。そのためにこれからヒコーキに乗りましょう。

【おしらせ】
発売中の「音楽の友2月号」142ページにインタビューが掲載されています。また同誌、コンサート・ベストテン2013の特集では総合2位に日生劇場「リア」、小山晃先生の選に9月の府中でのぼくのソロリサイタルが挙っていました。充実した2013に感謝します。音楽の友、よろしければごらんください。

デイリー・リア王。

11月に日生劇場で3公演出演する日本初演のオペラ「リア」の立ち稽古も佳境を迎えています。寝てもさめてもオペラとはこのことで、いちどオペラのプロダクションの期間に入ると、日中はずっと稽古、夢にまでその音楽が登場するのです。特に今回のように音楽が現代モノだと、あのフレーズは何拍目で入るんだっけ、2拍目だっけ3拍目だっけ、という悪夢をみるのだ。

オペラのリハーサルは、日本では相撲のように「稽古」と呼ばれ、リハーサル場は稽古場(ケイコバ)と呼ばれる。本番と同じサイズのセットが組まれたその稽古場である程度仕上げてから、稽古のプロセスは公演会場である劇場に移るのだけど、いまはケイコバでのケイコがほぼ終わりかけた状況です。

つまり今日まで1ヶ月くらいそのケイコバにほぼ毎日通い、昼から夜までケイコをしてきたのである。春に出演したボローニャ歌劇場でのオペラたちは大体2週間くらいの稽古で初日を迎えたので、イタリアではオールシングルキャストであったこと、ニュープロダクション(新演出)ではなかったことを差し引いても、日本のオペラにはずいぶん時間と労力がかけられていると思う。
この時間と労力を、たった3公演で昇華させるわけだから、そのエネルギーのかたまりのような仕事をぜひ観ていただきたいと思うのです。

オペラの現場はとても楽しいのです。毎日ケイコバにいけばいつもの人たちに会えるし、歌手も音楽スタッフも演出スタッフも舞台スタッフも技術スタッフも衣裳スタッフもヘアメイクスタッフも制作スタッフも、そしてきっとオーケストラのみなさんも、オペラという一大舞台芸術に関わるプロフェッショナルがみんな、公演の成功という同じ目標を向いている。それが1ヶ月以上続くとファミリーのようになるのですね。
それで、最後の公演が終わった翌日からはもう誰にも会わなくなる。ケイコが佳境になってくると、ぼくはその別れもそろそろ意識しはじめます。もう二度とこのメンバーがそろってオペラを創ることはない、という一期一会感が集中力と愛着を生むのです。

PRの目的とは矛盾するように難しい難しいと書いてきたこの「リア」というオペラは、35年前にバリトンのフィッシャー=ディースカウ氏の求めで作曲家ライマン氏の書いたオペラで、ヴェルディも書かなかったシェイクスピアの「リア王」を題材にしています。難しいよ、確かに。けれど、音楽とドラマがうまくかみあったときにものすごく劇的な効果を生む名作であると思う。ひとりであー難しい難しいうーと思いながら勉強していたときにはわからなかったことが、稽古を重ねることでいまはわかり始めてきたので、がぜん面白くなってきた。
初めてこの作品に接する人には(日本初演だからほとんどの人にとって初めてだと思うけれど)、シェイクスピア×ライマン×オールジャパンキャスト&スタッフのエネルギーで、きっと心をえぐられるような体験になるでしょう。ぼくも重要な役を歌います。日生劇場でお待ちしています。


11月8日(金)18:30 日生劇場(東京)
11月9日(土)14:00 同上
11月10日 (日)14:00   同上

つぎの10年へ。

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日曜日の千葉でのコンサートは、榎本潤さんと、J.スコラーズ(合唱団)のみなさんとの共演でした。榎本さんとの共演がたのしいのは、リハーサルで作り練り上げたものそのままを出すというよりは、リハでは最小限のことをお互いで確認しておいて、本番でその日の音楽を創り上げるという感覚があるからだと思います。共演者のタイプにもよると思うのだけれど、ぼくはどっちも好き。もちろんその前に演奏する曲をしっかり自分自身で消化できていることが大前提だけど。

2013年10日10日は、10周年でした。
2003年のきょう、はじめて新国立劇場にソロで歌うオペラ歌手として出演しました。演し物はモーツァルト「フィガロの結婚」。この10年間、毎シーズンオペラに出ていたわけではないし、テノールからカウンターテナーへの転向もあったけど、とにかく節目ということで。いまは東京で、11月に出演する日生劇場オペラ「リア」のリハーサルの日々です。ほぼこの夏を全部使って勉強したこのオペラの音楽は、モーツァルトではなく1936年生まれのライマンさんが書いたもので、いわゆる「現代モノ」なのだけれど、音楽にはね、勉強に時間を費やした分、難しい難しいと覚悟していたものには慣れてきたと思う。ドラマがね、もちろん原作はシェイクスピアの「リア王」で、この悲劇がとにかく重いわけです。だから立ち稽古という演出をつけるリハーサルになって、一日中リハやっているわけじゃないんですよ、だけどね、役柄を演じようとドラマに入りこむほどに悲劇すぎて心が重い、ウワサの音楽も悲劇的に重い、そんな日々の疲労感なのである。
ありがとうこの10年。10年経ったけど、まだオペラ歌手でいられました。
よかった。

あしたからかごしま。

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スーツケースの人生。


長かった今回の日本滞在のおわりがDANDANみえてきて、


アタマがDANDAN次の目的地イタリアにむかっている。


今日はボローニャでやるオペラの台本(イタリア語)をひたすら音読してみて、


まぁ、それはつまり俳優さんが台本を読む作業なのだけれど、


アタマをイタリア語にすると、


気分もイタリアーノになりました。


明日新幹線の中でこっそり続きを小声で音読します。


行き先は鹿児島だけどね。


鹿児島公演のプログラムにイタリアものは入れていないので、


英国ものやドイツものが、


イタリア風にならないようにしなければならない。


ちなみにぼくは、鹿児島は日本のナポリだと思ってます。


日曜日みやまコンセールでお会いしましょう。


4月14日(日)14:00 みやまコンセール主ホール(鹿児島)詳細

*『藤木大地』オフィシャルHP

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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