学びのパレード。

音楽を続けていてよかったな、と思える機会が最近たくさんあるのです。

1月17日に宮崎で歌いました。「ハーモニーinみやざき」という、主に小・中学生の合唱の祭典の30周年のゲストで20分ほど。出番は最後だったので、前半はしばらく、勝手知ったるアイザックスターンホールの客席で、みんなの演奏を聴いていました。ぼくはこの祭典に中学生のころに合唱部の一員として出演したことがあって、あとで記録誌をいただいたところによると、それは22年前の出来事だったみたいでした。だからステージの上のみんなの顔に、そのころの自分の顔をなんとなく重ねて聴いていました。歌が好きで一生懸命練習して、晴れの大舞台で歌を歌うときのみんなの顔がですね、それはそれはいい顔なのです。歌を好きなことが伝わってくる顔というかね。よかった。

そのあと楽屋で準備をしていると、小学校6年生のときの担任の先生が訪ねてきてくださったのです。当時わたし11歳、先生28歳。ミツユキ先生、全然変わってなかった。まじで。

終演後、こんどは小学校5年生のときの初めての音楽の先生も訪ねてきてくださったのである。キモト先生。まったくそれ以来。小学校は5年生から音楽は専門の先生の授業だったから、人生初めての音楽の先生である。小学校には合唱部があって、同級生で仲良しだったマツシタ君もヒラタ君も楽しそうに歌っていたし、ぼくも本当は誘ってほしかったのである。でも小学生男子、合唱をやりたいなんて自分では言い出せなかったのである。というお話をキモト先生には24年後にいたしました。

中学に入り、野球部で芽が出なかった少年を、野球部と合唱部、掛け持ちでやらないか、とようやく合唱部に誘ってくれたのがマキハラ先生で、そのおかげで胸を張って歌い始めることができた。今回のゲスト出演はもともとマキハラ先生からいただいたお話だったので、もちろんマキハラ先生にも会えて、実に恩師オンパレードだった。

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左が牧原先生で、右が木許先生。

声楽を習い始めて高校生のコンクールなどに挑戦していたころ、結果がよいと新聞に名前が載ったりしていたわけですが、ミツユキ先生も、キモト先生も、自分がいまこういうことをやっている、ということを見つけてくれないかなー、とか、正直なところ、ちょっとは思っていたわけです。ネットもない、メールもない時代でした。新聞に名前が出れば、先生たちや、違う学校に行った同級生たちにも見てもらえるんじゃないか、と思っていた。そういうのも頑張りのモチベーションになっていた気がする。

それからだいぶ経ったけど、20年以上ぶりにお話をしていたら、先生たちは見ていてくださったようでした。だからよかったなー、と。ずっと続けていたから会えたなー、とそう思ったわけです。

合唱界のレジェンド、宮崎学園高校の有川サチ子先生とは初めて少しだけゆっくりお話ができたわけです。NHKの合唱コンクールでね、わたしは25回、NHKホールで指揮をしてるのよー、と。有川先生は特別いろいろとはおっしゃらなかったけれど、短い時間での対話にも多くの学びがありました。

いつも思うのだけれど、何事も続けること、持続させることが一番難しい。花火を一発上げることは努力と運とタイミングが重なればできるかもしれない。難しいのは続けることなのだ。


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もうひとつ嬉しかったのは、わたくしとピアノで共演をしてくださったトリハラ先生が、自分の学校の子たちにも聴かせたい、と言ってくださって、学校の芸術鑑賞会に呼んでいただけそうなことだ。

常々、音楽という人類共通の言語を通じて、その場限りでなく、その先に長くつながる人間的な仕事がしたいと思っている。初めて自分の歌を聴いて、あるいは自分と共演をして、また聴きたい、また一緒に音楽がしたいと思ってもらえたなら、時間と精神力を注いできたことが報われたな、と思えるし、いつもそういう仕事をしないといけないと思っているのである。だから、よかった。

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お世話になった先生方と。ありがとうございました。

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カウンターテナー歌手。
2012年、日本音楽コンクール第1位。カウンターテナーとして史上初の優勝者となり、大きな話題となった。13年にボローニャ歌劇場にデビュー。14年、15年には N H K ニューイヤーオペラコンサートに2年連続出演し、さらにはウィーン国立歌劇場と14/15シーズンの客演契約を結ぶなど、国際的な活動を展開する、現在最も注目を集めるアーティストのひとりである。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。新国立劇場にテノールとしてデビュー後、ボローニャ、ウィーンに留学。11年にカウンターテナーに転向。12年国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクール世界大会にてハンス・ガボア賞を受賞。宮崎市出身。ウィーン在住。
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このブログ記事について

このページは、Daichiが2015年1月27日 22:13に書いたブログ記事です。

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